56 深夜、霞沢さんとお話

 てか、霞沢さんと話すのは何年ぶりだろう……。

 あれがあってから一度も会ったことないような気がする。よく考えてみると本当に会ったことがない……。あの時、霞沢さんの顔を見て絶望したからな……。俺の方から話しましょうって言い出したのに、この気まずい状況をどうすればいいんだ……?


 食卓の前、霞沢さんがお茶を淹れている。


「はい。どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

「久しぶりだね。りおくんがうちに来るのは……」

「は、はい……」

「あいちゃんとは話してみた?」

「話……ですか?」

「そうだよ。中学時代のこと。あの時はりおくんにちゃんと言えなかったからね。あいちゃんがお父さんのことですごく苦しんでいたから、少し時間が必要だったよ。だから、部屋にいるあいちゃんを呼べなかった……。それをりおくんに話したかったけど、チャンスがなくて……」

「あ……、はい。事情は大体分かってます……」


 分からないとは言わない。

 まだ小学生だった霞沢にあんなことが起こってしまったから、大切な人がいきなり消えてしまうのは本当につらい。それは霞沢さんも一緒だよな……。俺は幼い頃の霞沢をよく知っている。仲良くなった後はずっと俺のそばから離れようとしなかったから、そして同じ言葉を何度も繰り返していた。


 あの時は面倒臭いな……と思っていたけど、霞沢の話を聞いてすぐ納得した。

 初めて出会った時は霞沢が距離を置いていたからな……。

 それは多分……もう大切な人を作りたくないってことかもしれない。


「あいちゃんはりおくんに捨てられたよって言いながらずっと泣いていた……。私はあいちゃんが誤解したかもしれないって言いたかったけど、当時の私にはそれを言う資格がなかったから……。ごめんね、りおくん」

「いいえ。気持ちは分かります」

「そして二人が距離を置いたことに気ついた時、私はちゃんと言ってあげたよ。それは誤解かもしれないって、りおくんがあいちゃん以外の女の子とあんなことするわけないでしょ?って言ってあげたのに。あいちゃんは全然聞いてくれなかった……。あの時はお父さんのことを思い出すだけでつらくなる時だったからね」

「はい……」

「全部、私のせいだよ。私のせいで……、あの人が浮気を……」

「いいえ……。そんなこと言わないでください。今は全部終わりました……。もう心配することはありません……」

「よかった……」


 霞沢さんは自分のせいで、あいちゃんにトラウマができてしまったと……ずっと後悔していた。離婚の話は霞沢のお父さんが先に言い出したことで、理由は「好きな人ができた」だった。結婚して子供までいる人が、そんな風に自分の家族を捨てるなんて信じられない。そんなくだらない理由で二人は捨てられたんだ……。


 そしてほとんどの時間をお父さんと過ごしてきた霞沢にはショックだったはず。


「あの時も今も……、私はあいちゃんを放置したから……」

「いいえ……」

「離婚した後……。あいちゃんを一人にさせるのができなかったから、すぐりおくんに任せて……また仕事。ずっと仕事ばっかりで……」

「大丈夫です。あの時はすごく嬉しかったです! そんな風に言わないでください」

「そう言ってくれて、ありがと……」

「今は……心配しなくてもいいです」

「うん……」

「あ。そろそろ……帰ります」

「うん」


 茶飲みを下ろして霞沢さんに挨拶をする時、霞沢が俺の手首を掴んだ。


「び、びっくりした。あい……?」

「じ、時間遅いから……一緒に寝よう……。りおくん」

「……えっ、いいのか?」


 こくりこくりと頷くあい。


「もう〇時だから、今帰るのは危ないと思う。りおくん、あいちゃんのそばにいてくれない……?」

「は、はい……」


 ……


「ふぅ……」


 予定になかったことだけど……、仕方がなくシャワーを浴びることにした。

 そして部屋に入ると、霞沢が俺に抱きつく。


「ど、どうした……? あい……」

「一緒にいたい」

「うん……。一緒だよ?」

「うん……」

「どうした? 不安なのか?」

「うん……」

「どうして?」

「さっき、悪い夢を見たから……」

「そっか。大丈夫、ずっとそばにいるから……心配するなよ」

「ねえ、キスしてくれる……?」

「…………」


 扉を閉じて、霞沢さんにバレないように……二人はキスをした。


「りおくんから私の匂いがする……」

「まあ、一応……あいのシャンプーを使ったからな」

「うん……」


 俺を見上げる霞沢が微笑む、本当に可愛い……。

 もうちょっと勇気を出せばこうならなかったはずなのに、直人のことを思い出すと腹が立つ。


「ドキドキする。すっごく……気持ちいい。りおくん」

「…………うん」


 そしてあの時みたいに、そばで彼女を寝かせようとした。


「明日、学校だろ? 早く寝ないと遅刻するから、あい」

「うん……。りおくん、ごめんね……」

「それはもういい、寝よう……」


 あの夜、霞沢は俺を離してくれなかった。

 眠れなかった俺は目を閉じて寝たふりをしていたけど、そばから悪夢でも見ていたのか……たまにビクッとする霞沢が腕に力を入れる。


 本当に、寝てるのか……?


「……うう……」


 そして、そっと唇を重ねる霞沢が小さい声で笑う。

 まだ寝てないのに、くっついていろいろやってるような気がして……つい彼女の頬をつねってしまった。


「あ……い……」

「うう……。起きてたの?」

「寝てないよ……。まだ……」

「ひひっ。私も眠れないから……、今日は夜更かししてりおくんとなんでもいいから話がしたい!」

「ううん、そうしよう。俺も一緒だから」

「りおくん。あの、私……またキスがしたい……」

「あい……、やりすぎ……」

「いいじゃん……。やりたい……!」

「寝る前にやっただろ……」

「そ、それは分かりません……」

「ウッソ……。ぷっ、分かったよ……。目閉じて……」

「うん……」


 深夜の二時、あいのベッドでキスをした……。


「はあ……」

「あい、くっつきすぎ……」

「離れたくない! 好き……りおくん。好き……、りおくん大好き」

「……俺も好きだよ。あい」

「うう……、恥ずかしい…………」

「バーカ」

「…………」


 結局、朝日が昇るまで俺たちは眠れなかった。

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