53 大切なこと②

「お父さん! お母さん! 早く入りたい!」


 テーマパーク、テンション上がる……! ワクワク。

 お母さんの手を引っ張って早く中に入りたかった。ずっと待っていたその瞬間を私は絶対忘れない。家族でこんな思い出を作るのが私の夢だったから、やっとその夢が叶えた。今日はたくさんの思い出を作って飽きるまで遊びたい、それだけ!


 ドキドキする……!


「あ、あいちゃん! そんなに急がなくても……」

「あはははっ……。仕方がないね」

「あなた……」

「うん」

「まだ時間あるから……ゆっくり考えてくれない……? お互いのために、そしてあいちゃんのために……」

「…………」


 お父さんとお母さんは何かを話していたけど、よく聞こえなかった。

 それより目の前に広がっているテーマパークの景色に、初めて見たその景色に目を離さなかった。本当に綺麗で、涙が出そう。周りの人たちは好きな人、友達、そして家族と一緒に笑みを浮かべながら歩いていた。


 そして、私もここにいる。


「あいちゃん、こっち見て!」

「うん!」


 私はお父さんとメリーゴーラウンドに乗って写真を撮ったり、お母さんと甘いものを食べたりして……幸せだった。ずっと欲しかったから、そんな夢みたいな状況が羨ましかったから。そう、今はこれで十分……。私は、二人の笑顔を見るのが好きだった。些細なことかもしれないけど、大切な家族の笑顔がとても好きだったから……それを見ると私も嬉しくなる。


 幼い頃の私にはそれがすべてだった。


「あいちゃん、ソースついてるよ」

「えっ! ふ、拭いて!」


 一緒に夕飯を食べるのは初めてだった。

 家にいる時は仕事をしているお父さんが適当に作ってくれたから……、食卓にはいつも私一人だけ。そんな寂しい日常は本当に嫌だった……。仕方がないって知っていても、子供だった私には理解できないこと。とても寂しくて私をもっと……大切にしてほしかった。


 放置しないで……。


「あいちゃん、眠れないの?」

「ううん……。今日は楽しいことがたくさんあってね! 私、今日のこと絶対忘れない! だって、こうやって家族で遊ぶのは初めてだから……」

「…………」


 でも、あの時のお母さんはよく分からない顔をしていた。

 何……? その表情は……。

 聞きたかったけど、今日はあちこち歩いてたから……疲れてすぐ寝ちゃった。


「だから……! どうして、そんな風に言うの……?」

「いや……、知ってるんだろ? もう無理って……」

「どうして……!」

「声が大きい……! とにかく、この関係を終わらせよう。約束は果たしたから」

「…………」


 うん……? なんの話……?

 もしかして、喧嘩してるのかな……?


「あれ……? どこ?」


 夢ではなさそうな気がしてすぐ目を開けてみたけど、お父さんとお母さんは客室にいなかった。夜の十一時、こんな遅い時間に……二人はどこに行ったのかな? 急に不安を感じる。


 だから、お父さんとお母さんを探すために客室を出た。


「どこに行ったのかな……?」


 夜の寒い空気、パジャマ姿だった私は一人で歩き回る。


「お父さん……、お母さん……」

「あれ……? あいちゃん、どうしてここに?」

「お、お母さん……。だ、誰もいなくて……怖くて、探しに……」

「あっ、ごめんね……。お母さん、ちょっと飲み物を買いに……」

「お母さん……?」


 私はお母さんの、その顔を見てしまった。

 すごく悲しい表情で……向こうにある何かを見ていたから。何も知らなかったあの時の私は、頬を伝うお母さんの涙を拭いてあげるだけだった。そしてお母さんは私を抱きしめてくれた。理由は分からない。本当に喧嘩をしたのかな……とそれしか思い出せない私だった。


「…………」

「あいちゃん……」

「うん。……どうしたの?」

「ごめんね……。ごめんね…………」


 わけ分からないことを言うお母さんに、私ができるのは「大丈夫」だけ。

 そして帰り道、お父さんは私たちと一緒に行かなかった。


「お母さん、お父さんは……?」

「…………仕事があるって」

「へえ……、そうなんだ。一緒に帰りたかったのに……」

「そうだ。せっかくここまで来たから、ショッピングしない? あいちゃん」

「うん!!」

「あいちゃん、欲しいのたくさんあるよね?」

「うん! なんでも買ってくれるの? お母さん!」

「うん! なんでも言って」

「好き!」


 あの日、お母さんはたくさんのぬいぐるみとおもちゃを買ってくれた。

 お母さんとショッピングをするのは初めてだったから、欲しいのをたくさん買ってくれるその状況がすごく不思議だった。でも、せっかくだし……。たまにはこんなことも悪くないと思っていた。


 可愛いぬいぐるみがたくさん……。


「あ、そうだ。今日はあっちに行くから……」


 そしてお店を出る時、そばから聞き慣れた声が聞こえた。

 そう。それはお父さんの声……。


「あれ? お父さん……?」

「うん? この子、山下さんの子供ですか?」


 隣のブランドショップから出るお父さんは、ある女性と一緒にいた。

 私はその声を知っている。

 そう、以前友達だと紹介してくれた人の中にいたよ。そばでタバコを吸っていた人……。


「…………あ、あいちゃん。早くお母さんのところに戻って」

「お父さんは……? 仕事なの?」

「…………」


 その目を、二人のその目を……私は絶対忘れられない。


「そうだよ。仕事……だからお母さんのところに戻って」

「うん! 分かった。お父さん、早く帰ってきてね!」

「うん……」


 知らなかった。

 あれが、浮気だったのを……あの時の私は知らなかった。


「お父さん! 頑張って!」

「…………」


 私はどうしてあの二人を疑わなかったのかな……?

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