九、私の世界
51 今の二人
「はあ……、はあ……」
俺はずっと走っていた……。
霞沢がいるところに行きたかったから、会いたかったから……。そして今度はちゃんと聞きたかった。俺がずっと忘れようとしていたあの時の記憶。もし、俺が思い出したことが正しいなら……霞沢にもきっと何かあったはずだ。それだけじゃないって気がする。あの時は勇気がなくて……、嫌われた事実にショックを受けて……、何もできなかったけど……今は違う。
「はあ……、遠いな」
二人から感じたあのわけ分からない感情は……気持ち悪いけど、自分に教えようとしていたかもしれない。俺がずっと抑えていたから、苦しくてつらくてもうどうでもいいって、そう思っていたから……。それでも忘れてはいけないって……。
「り、りおくん……!」
あああ……。
夢ではない、目の前に本物の霞沢がいる。
「はあ……、あい……。あい…………、あいだ。あいがここにいる……」
涙が止まらなかった。
全部思い出したから……、その顔を見ると涙が出てしまう。
「りおくん……」
「あい……」
「ごめん……。あの時の私が弱くて……、りおくんと話せばすぐ分かることだったのに……。私が悪かった。私がちゃんと声をかけたら、こうならなかったかもしれないのに。自分のトラウマに囚われて……、りおくんのことを勝手に誤解して……、本当にごめんね……。私、本当に最低だよ」
「全部……話してくれない? 俺も全部話すから……」
「うん……」
大粒の涙を流す霞沢が俺に抱きつく。
昔から霞沢の泣き顔は嫌だった。泣いてる姿を見ると、俺も悲しくなるからずっと彼女のそばで楽しいことをしようとした。笑ってくれればそれでいい……。二人っきりの時は霞沢だけを考えていた。ままごとをして遊ぶことも、アニメを見て遊ぶことも、ぬいぐるみで遊ぶこともいい。なんでもいいから、俺の前で笑ってほしい。
あい……。
「…………俺、はっきり言っておくけど……。一度も……あいのことを忘れたことない。誰よりもあいのことを大切にしていた。何があっても、何があっても……! 俺はあいを裏切ったりしない。俺はあいを裏切ったりしないから……」
「ごめんね……。りおくん」
「…………あい」
「夜は寒いから、うちに行かない……?」
「分かった……」
……
誰もいない家、あの時と同じだった。
霞沢さんはずっと忙しいんだ……。
「あ、あのさ……。そんなに力を入れなくても……ちょっと苦しいけど……」
「私の部屋に行きたい……」
「分かった……。どこにも行かないから、離れてくれない……?」
「いやよ……」
「そっか……」
さて、俺はどこから話せばいいんだ……?
聞きたいことはたくさんあるけど、霞沢は俺を抱きしめるだけだった。静寂が流れる部屋。仕方がなく、あの時みたいに……背中を撫でてあげた。悲しい時や寂しい時は俺がそばにいるって……、そう言いながら霞沢の体を抱きしめる。
そして彼女の体は震えていた。
「あの時……」
「うん?」
「りおくんと水瀬が駅の前で話していた時、私もそこにいたよ……。あの日も、りおくんの家に行くつもりだったからね……」
「そ、そうだったのか?」
それを見ていたのか……? 確かに、文化祭が始まる前に……水瀬とそこで会ったよな。わけ分からないことを言い出してそのまま消えてしまったけど、今はその言葉の意味が分かるから……。本当に恐ろしい人だ。直人と水瀬……。
でも、水瀬はどうしてあの時……そこにいたんだろう?
「私はりおくんがあの時のことを思い出す時まで、ずっと頑張るつもりだった。時間がどれだけかかっても構わないから、私も知りたかったよ……。どうして私たちがこうなってしまったのか、そして……西崎のことまで」
「…………」
「私ね。ずっと水瀬を探してたの……。なぜそうなってしまったのかについてずっと疑問を抱いていたから……」
「そっか……」
「すぐタクシーに乗って……水瀬の家で、あの子が来るのを待っていたよ」
「…………うん」
「そして家の前で私を見た時の反応……どうだったと思う?」
「わ、分からない……」
「あの子、私の前ですぐ土下座したよ……。ごめんなさいごめんなさいって、ずっとそう言いながら……私に謝ってたよ」
「一体……、何があったんだ……?」
「私が聞きたかったのはあの子と西崎の間に何があったのかだったけど、あの子はりおくんにやったこととそれ以外のことを全部私に話してくれた。そして二人は私の知らないところで、私の口では言えないほど醜い行為をやってきたらしい……」
「…………」
直人……、お前は一体何をやってきたんだ。
俺たちは友達じゃなかったのか……? お前はイケメンでモテる人で……、勉強もスポーツも万能で、なんでもできるやつだった。そんなお前に、何が足りなかったんだ……? 俺はトイレの中で聞いたその汚い発言を忘れていない。お前は俺たちの関係を壊して、俺の居場所を奪った……。
なんで……? 俺たちが幼馴染だったのはお前も知ってたんだろ?
「なんで、すぐ俺に言ってくれなかったんだ……?」
「最初はすごく嬉しかった……。ずっと知りたかったことをあの子が話してくれたから……。でも、同時に……悲しかったよ。りおくんがあの時のことを思い出せないから……、私が言ってあげたとしても。りおくんは思い出せないから……それがすごく苦しかったよ」
「そっか……」
「私が水瀬にそれを聞く前まで、ずっと西崎のそばで彼に聞いたよ……。どうしてこうなってしまったの? 西崎くんは何か知ってるんでしょ? 最後まで西崎はりおくんと仲良くしていたから、私はずっと聞いていた……。でも、西崎は何も話してくれなかった」
「…………」
「ねえ。私は知りたかった。だから、お母さんに頼んだよ。りおくんが通ってる学校に行きたいって、私……そこに行きたいって……」
「一人でここに来るつもりだったのか? あいは……」
二人で転校してきたけど、直人は予定になかったってことか?
「うん。でも、りおくんについて何も話してくれなかった西崎は急に俺も引っ越したいって言い出して、都会までついてきたのよ。あの時、私は別れるつもりだった。りおくんがいないところで西崎と恋人ごっこなんかやりたくなかったから」
「じゃあ、二人は……付き合ってないのか?」
「正確にはそのふりをしていたよ」
なら、そんなことまでする必要は……。
「そして、登校する前に西崎にこう言われた。今別れると、りおは永遠にあいちゃんのことを思い出せないよって……。自分を捨てた人を会いに行くのはバカなことだって……」
「はあ……? 直人にそんなことまで言ったのか?」
「都会に来たのはりおくんに会いたかったのもあるけど、同時に水瀬を見つけ出して話をしたかったから。西崎はずっと曖昧な答えばっかりではっきり言おうとしなかった。私は……そこで疑問を抱いたよ」
「あんなやつ無視しても……いいだろ?」
「でも、怖かった。私は何も知らないのに、西崎は知ってるから……。すぐ別れてりおくんに聞けばいいと思っていたけど、私が都会に行った時……、りおくんは田舎を離れる時と一緒だった。私は西崎がいないと、永遠にその理由を知らないまま終わるかもしれないと思ってたよ……。それが馬鹿馬鹿しいことって知ってるけど、私友達なんかいないから……」
だから、ずっとあいつのそばにいたのか……?
恋人ごっこをしながら……?
「よかった……。りおくんの記憶が戻ってきて……本当によかった……」
「あのさ! あの時……俺はどうしてそうなったのか……。ずっとあいに聞きたかった。どうして、直人とキスをしてたんだ……。そこで……俺は告白をするつもりだった……。なのに……なのに……」
くっそ、言葉が出てこない……。
そして霞沢が俺の涙を拭いてくれた。
「ちょっと……昔の話、してもいい? まだ……りおくんに言ってない。りおくんと出会う前の話だよ……」
「うん……」
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