49 弱虫りお④

 どんどんどん……、扉を叩く。

 電話にも出ないし、家に来ても霞沢は出てくれなかった。一体、何があったんだろう。あれがあってから俺たちはまるで他人のように……、連絡も挨拶もできなくなってしまった。早く霞沢と話したいのに、どうして霞沢は俺と会おうとしないんだ。出てきてよ、俺は話がしたい。ちょっとだけでもいいから……。


 どんどんどん……。


「あい……」


 出てきてよ……、お願いだから。


「あら……、りおくん」

「あい……! じゃなくて、霞沢さん……?」

「うん。あいちゃんに会いに来たの……? りおくん」

「は、はい……。あ、あいはいないんですか?」

「ううん……。今日はちょっと……」


 霞沢さんの顔を見て、当時の俺は絶望した。

 それは相手を傷つけたくない時の大人の顔だった。俺は、もしかして……霞沢に捨てられたのか……? 霞沢は学校にいる時も直人と一緒で、帰る時も直人と一緒だった。どうして……? 分からない。本当に分からなくて、どうすればいいのか分からなかった。俺は知らないうちに自分の居場所を失ってしまった。


 そこは俺の居場所だったのに———。

 胸が苦しい……。

 最後まで霞沢は出てくれなかった。


「はい……分かりました」


 霞沢さんに意地を張るのはできなかったから、家に戻ることにした。


「あ、雪が降る……」


 それから数日が経ったけど、雪を見ると苦しくなる。

 なんで……? 俺たちはなんのために……、今まで何を……。

 俺は霞沢と過ごした時間を思い出してしまった。


 あれ……?

 どうして、涙が出るんだ……? あれ……? りお、どうしたんだ。

 その年のクリスマスは二人がずっと待っていたホワイトクリスマスだったのに、俺は一人でクリスマスを過ごしてしまった。そんなに期待していたのに、雪が降る……クリスマスを。でも、君は俺のそばにいなかった……。


 どこで、何をやってるんだ……? 霞沢。


「あいと見る雪は神様の贈り物って感じだったけど、一人で見る雪は……こんなに冷たくて苦しいんだ……。全然、知らなかった」


 そしてあの日から俺は部屋に引きこもっていろいろ考えていた。

 いや、あの時の俺は否定的なことばかり考えていて、心はすでに壊れていた。


「…………」


 数日間、霞沢は俺に連絡をしなかった。

 数日間、霞沢は俺の電話に出なかった。

 数日間、霞沢は直人とくっついていた。


 誰か、誰か……俺にこの状況を説明してくれぇ……。

 なんで……? なんでだよ! なんで……こうなってしまったんだよ。俺はただ霞沢に告白をして、二人で楽しい思い出を作りたかっただけなのに……。なのに、どうして捨てられたんだ……。苦しい、すごく苦しい……俺のすべてが消えてしまった。


 今まで大切にしてきた俺のすべてが———。

 そばには誰も残っていない。


「うっ……」


 小学生の時からずっと……霞沢だけだった。

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……!! 当たり前のように俺は霞沢のそばにいて、霞沢も当たり前のように……俺のそばにいてくれた。そんな彼女が好きだった。ずっと言えなかったけど、霞沢のこと大好きだったよ。友達なんかどうでもいい、一人ぼっちになっても構わない……! 何があったも俺は霞沢のそばにいるだけ……、ずっと二人っきりでいたかった。


 雪が降る天気と薄暗い部屋の中、俺は壊れていた。

 何が悪かったんだ……?

 その理由すら分からないのに、俺にできるのは自分を責めることだけ。


「…………あい、あい、あい」


 すぐ隣にいるのに、どうして俺の声が届かないんだ……?

 なんで、俺に何も言ってくれないんだ……?

 そんなに、俺のことが嫌だったのか……?


 一番苦しかったのは、霞沢と過ごした時間だった。

 どこに行っても霞沢と一緒だったから、そのままじゃ本当に狂ってしまいそうだった。涙が枕を濡らし、膝を抱えて……後悔ばかりの時間を過ごしていた。俺がそんなことを言わなかったら……、ずっといい友達でいられたかもしれないのに……。


 りお……、お前はどうしてそんなことを……。


 もうダメだった。

 否定的なことばかり考えて、つらい……。


「りおくん! 夕飯できたよ! 早く食べて!」

「…………」

「どこ……行くの……?」

「ちょっと……散歩したくて……」

「えっ? 夕飯できたのに、今? 後で……、分かった」


 多分、あの時のお母さんは俺の顔を見たかもしれない。


「はあ……。真っ白だ……」


 雪は本当に綺麗だな……。

 俺は道を歩きながら周りの景色を見ていた。


「…………」


 不思議だ。どこに行っても、霞沢が見える。

 俺たちの思い出はここにたくさん残っていた……。

 今更だけど、霞沢が俺にとってどれだけ大切な人だったのか実感できる。本当に俺の人生には霞沢しかいなかっただんだ……。出会った時から今までずっと……ずっと霞沢しかいなかった。


 だから、耐えられないんだ。


「あ、ここか……。遠いな」


 歩いて三十分くらい、そこには橋がある。

 小学生の時、ここで川を眺めていたから……ちゃんと覚えていた。

 そしてここは流れが速くて水深が深い川だったことも覚えている。


「へえ……、ここに立つとこんな景色が見えるんだ……」


 怖いな……。

 不思議、こんな時も涙が出るんだ。お母さんが見るドラマと一緒じゃん……。

 じゃあ……、行くか。

 目を……閉じて。

 せえ……の……で。


「さようなら……」

「ダメェ———! 北川くん!」


 息が……うわっ、冷たい……。

 本当に……深いんだ。ここ……。さっきまで見えていた白い空が、どんどん暗くなる。全身が痛いし、冷たい。もう耐えられない。霞沢と過ごした数年間を……どうしても忘れられなかったから……。これでいいよ。


 数ヶ月間、よく耐えてきた。りお……。

 一人ぼっちだったつらい生活もこれで終わりだ。


「…………」


 一緒にいて楽しかった……。

 そして、ずっと一緒にいたかった……。


 でも、どうしてこうなったのか分からない。

 誰も俺に教えてくれない……。


 ごめんね……。

 俺さ、弱虫だから……霞沢に嫌われるのがすごく怖かった……。

 他の選択肢があったかもしれないけど……、今の俺にできるのは現実逃避だけ。情けないけど、これしかなかった。


 一度だけでもいいから、霞沢と話がしたかった……。

 でも、霞沢が選んだのは俺じゃなくて直人だったから……仕方がない。

 俺が諦めるから……、もういいよ。

 苦しいこともこれで終わり。


 息が……。


「…………っ」


 俺が最後に見たのは何もない真っ黒の景色……、世界が真っ黒だった。

 あ、もうダメだ。


「…………」


 末長く……、お幸せに……。

 バイバイ。


 俺の……初恋……。


「…………」


 ずっと、好きだったよ。

 あい……。


 そうだ……。

 俺はあの時、苦しくて自ら自分の命を…………。

 そうだったのか……。

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