48 弱虫りお③

 俺は、もしかして霞沢に悪いことでもしたのかな……?

 目の前の状況はなんだろう……?


 放課後、俺はすぐ約束の場所に向かった。

 外で変な人に告られたけど、今はそんなことより霞沢がそこで待ってるから……一秒でも早くその笑顔が見たかった。幼い頃の約束。あの時は適当に「はいはい」と答えたけど……、今は違う。大人になったら霞沢と結婚したいなとか、そんな恥ずかしい妄想もしていた。この世に一人しかいない大切な人……。それほど霞沢のことが好きで、テンションが上がっていた……。


「あ……い……?」


 約束の場所に着いた時、目の前にはキスをする二人がいた。


「…………え?」


 どうして、直人がそこにいるんだ……?

 どうして、お前が霞沢とキスをしてるんだ……?

 あれ……? もしかして、悪夢を見ているのか……? 目の前の状況を受け入れられなくて、しばらくキスをする二人を見つめていた。信じられない、どうしてそうなる……? 俺は壁の後ろに隠れて、ずっとあの二人について考えていた。


 いつ、そんなに仲良く……。

 分からない。

 疑問だらけで、俺はどこから間違ったのかすら分からなかった。


「…………」


 そのまま教室に戻る二人、俺は絶望した———。

 そこでずっと泣いていたと思う。冷たい地面に座って、雪が降る空を眺めながら、一人で……ずっと泣いていた……。今日は霞沢に告白をして、俺たちは幸せになるはずだった。そう思っていたのに……今の俺には何も残ってない。


 何も……残っていない。

 虚しい。


 俺はなんのために……、今まで生きてきたんだ……?

 全部、霞沢のためだったのに……悔しい。

 どうして俺じゃなくて直人なんだ……? その状況で一番つらかったのは二人がキスをしていても、何も言えない俺の立場だった。恋人でもないし、ただ……仲がいい幼馴染だったから俺に何かを言う権利などなかった。


 俺たちは仲がいい幼馴染、あるいは友達。

 それだけだったから。


「ああ、そうだな。あはははっ」


 帰る前に、トイレで顔を洗う。

 その時だった。


「チョロすぎ……。まあ、俺は失敗などしねぇからさ。マジ助かった〜。鈍感すぎてありがと〜りお〜」


 俺の名前……? 誰かと電話をしてるのか?


「さっきのこと、お前にも見せたいな……。めっちゃ気持ちよかった。あいちゃんはさ、他の女の子とは格が違う! そして手に入れたんだよ。可愛いあの子を。お前もそろそろあんなこと卒業した方がいいぞ。一人じゃ寂しんだろ? なんなら水瀬のこと貸してやろうか? あいつもある意味ですげぇんだからさ。胸おっきいし、あはははっ」


 何を……言ってるんだ……? 直人。

 お前は今……なんって。


「冗談だ。あはははっ、二股? いや、その言い方は嫌だな……。お前はに何かを感じるのか? やっぱりカッコいいのは最強だ……。毎日がハッピーさ。今の生活は楽しい。そしてりおのその顔……、あははははははっ。ちょっと待って笑いが止まんねぇな。いや……、最高だったぞ。大切な人を取られる時の顔、動画でも撮ってあいちゃんと付き合った時に送ってあげたかっ……、あはははっ。もちろん、これも冗談〜。あはははっ。てか、マジちょろいな……。あはははは」


 直人……。

 直人…………お前ってやつは。


「あ、そうだ。大体可愛い女の子ってそう簡単に落とされないんだろう? あいちゃんマジ可愛かった。その可愛い顔で俺の前で泣くのが、マジ最高だったぞ〜。ちょっとだけ、あいちゃんが嫌がる状況を作ってみただけなのに、すぐ心が壊れるとは思わなかったよ……。あははははっ、チョロすぎ。まあ、心が壊れた時が一番攻略しやすいんだからさ。女の子って」


 そうだ。お前は霞沢のことを馬鹿にして、そこで笑っていた。

 なんで……? なんでだ……?

 そんなことをして、お前になんの得があるんだ!


「しかし、男と仲良くなるのはマジしんどいな。興味もねぇやつといろいろやるなんて……。そんなことより早く家に帰って、水瀬とを過ごしたい。そしてこれからはあいちゃんと二人っきりの熱い時間も俺を待っている」


 直人……。


「でもさ、俺けっこう好きかも。あの負け犬の顔を見るのが……。あはははっ」


 誰か俺に嘘だと言ってくれ、それは全部嘘だと……。信じられなかった。

 俺の親友が俺を利用して……霞沢と仲良くなりたかったみたいなその状況を、全部嘘だと……言ってくれ! 頭が痛い……。


「早く……、あいに……。言ってあげないと……」


 そうだ。俺はあの時、直人の話をトイレの中でこっそり聞いていた。

 直人は霞沢のことをなんだと思ってるんだ……? あんなこと……できるわけねえだろ。でも、俺はキスをする二人を見てしまったからすごく焦っていた。そんなことないって知っていても、焦っていて頭が回らなかった。

 そして霞沢に電話をかける時、上の階から霞沢の声が聞こえてきた。


「に、西崎くん……」


 俺は……あの時、電話を切るんじゃなかった。

 もし、霞沢が俺の電話に出たら……少しは未来が変わったかもしれない。

 そっか……、これだったのか。


「あいちゃん! 待ってたよ〜」


 ……


「た、ただいま……」

「あ! りおくんだ! そうそう。りおくんが決めて」

「何を……?」

「そろそろ高校生になるんでしょ? お父さんにね。都会に引っ越すのはどうって言われたから……」


 都会か……。

 そういえば、この前に二人で引っ越しの話をしていたよな。


「きっと、今よりいい環境で勉強とか就職とかできると思う……! お母さんはいいと思うけど、そうなると二人ともバラバラになってしまうから心配だよ……」

「まだ、時間あるし。ゆっくり考えてもいい?」

「分かった。あれ……? 今日は一人? あいちゃんは……?」

「まあ、たまには自分の家にいたい時もあると……思う」

「そっか……。久しぶりの休みなのに〜。あいちゃん来ないんだ……」

「うん……」


 それより今は早く霞沢に電話をかけないと……。


「…………なんで、出ないんだ……?」


 何度も、何度も、霞沢に電話をかけたのに……。

 電話に出なかった。

 

「…………」

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