八、片割れ

46 弱虫りお

 キャンプファイアが始まる時、俺は耐えられない苦痛に涙を流していた。

 小林はあの時のことを話してくれたけど……、俺は一部の記憶しか思い出せなかった。その後は自分の力で思い出すしかない。そして二人の会話で何かを感じた。あの時からずっと……、俺は疑問を持たないようにしていた。どうして霞沢と距離を置いたのか、いつからそうなったのか、俺はそれを忘れようとしていた……。


 それを思い出すと……、俺が苦しくなるかもしれないから。

 目を閉じて、耳を塞いだ。

 その感覚を覚えている。


「…………はあ」


 玄関でため息をつく時、お母さんから電話が来た。

 久しぶりだな……。ここに来てから、あんまり話したことないような気がする。


「りおくん? 元気? 生きてる〜?」

「お、お母さん……。ああ、一応生きてる……」

「どうした? 声に元気ないね。もしかして、あいちゃんと喧嘩したの……?」

「ううん。喧嘩してもこっちが負けるから……」

「あははっ、確かに。あっ、そうだ。あいちゃんとは上手く行ってる?」

「まあ……」

「そうだ! あいちゃんがこっちに引っ越してきた時、すぐうちに来てりおくんのこと探してたけど、知ってる? そしてお母さんはいいチャンスだと思ってね……! すぐあいちゃんに鍵を渡しちゃったよ。えへっ」

「うん。本当にびっくりした……。いきなり入って来たから……」

「あはははっ。でも、二人は付き合ってるから大丈夫だよね?」


 うん……? ちょっと待って、今なんって……?


「えっ? お母さん、今なんって……?」

「うん? 違うの? 二人とも付き合ってるんでしょ?」

「…………えっ? 本当に?」

「うん!」


 どうしてお母さんがそんなことを言うんだ……? 理解できない。

 俺がお母さんにそんなこと言うわけないし。

 じゃあ、霞沢がうちの鍵をもらう時、お母さんに言っちゃったのか……? 嘘をつく理由はどこに……? なんか、お母さん……。本当に俺たちが付き合ってるって信じてるらしい。


「そして、体は大丈夫?」

「か、体……? どうして、そんなことを聞くんだ……」

「…………それは、…………一人暮らししてるから? お母さん、心配になるから! たまには連絡しなさい!」

「はいはい……」

「そして電話を切る前に……、一つだけ……。二人、結婚するよね?」

「はあ……?」

「あいちゃん、あの時と違ってめっちゃ可愛くなったからね! お母さんもあいちゃんみたいな孫娘欲しいよ! 鍵を渡す時にちょっとだけ目が合ったけど、可愛すぎて息ができなくなったぁ……!」

「変なこと言うな。うるさいよ……」

「あははっ」


 何変なこと言ってるんだ……。


「全く……」


 そして夜の九時、窓の外を眺めながらぼーっとしていた。

 俺はあの時……、霞沢に裏切られたんだ。でも、どうしてそうなったのか、どうしてそこにいるのが直人だったのか、それが知りたかった……。もし、俺がそれを知っているのなら、思い出したい。あの時のことすベてを———。


 あい……。

 あい……。


「はあ、何もやりたくない……」


 そして目を閉じる。


 ……


「りおくん! どうしたの……?」

「……か、霞沢……?」

「えっ? いきなり苗字……? 本当にどうしたの……?」


 霞沢だ。しかも、中学校の制服……?

 ここは……? まさか、夢の中だったり……。


「りおくん〜。何してんの?」

「いや……。ひ、久しぶりだな。かっ、あ、あい!」

「ええ……? 昨日、りおくんの部屋で一緒に映画見たじゃん……。まさか、風邪ひいたのなの……? 早く保健室に……」

「ち、違う……」

「うん……?」


 いや、どうしてこうなったんだろう……。

 高校二年生の俺がいきなり中学校二年生になるなんて、そして霞沢もあの時の霞沢だった。


「ひひっ、昨日の映画怖かったよね? りおくん」

「あ、あ、うん! そうだね……」


 覚えてない。


「そういえば、りおくん……」

「みんな、おはよう! 今日は天気がいいね〜」

「西崎くん、おはよう」

「お、おはよう。な、直人」


 うわっ、あの時の直人じゃん……。

 こんな夢もあるんだ。


「相変わらず、仲がいいな。二人は……」

「へへっ、幼馴染だからね〜」

「俺も幼馴染ほしいな……、なんか悲しくなってきた」

「ドンマイ! 西崎くん……!」

「ありがと〜」

「あっ、りおくん……! 私、パン食べたい! 売店行かない?」


 いきなり手を握る霞沢。


 そうだな。

 中学生の頃にはこんな風にさりげなく手を繋いでいたから、場所など関係なく……俺は霞沢のその小さい手を握っていた。あの時はそれが当たり前だったからな。なんか懐かしくなる……。


「うん。いいよ」

「じゃあ、私たち売店行くから! またね! 西崎くん!」

「あっ、うん……」


 そして霞沢は俺を屋上に連れて行く。


「えっ? さっき、パン食べたいって……」

「へへっ、ウッソだよ〜。二人っきりになりたくて、嘘ついちゃった」

「へえ……。相変わらず、自分勝手だね。あいは……」

「りおくんが私のそばにいてくれるなら、そんなことどうでもいいよ。だから、今はそばでじっとしたい」

「うん……」


 これは多分……俺が霞沢に告白する前の記憶だよな。

 屋上でくっついてて、話さなくても幸せだった時の記憶……。


「帰ったら、甘いもの食べたいな……」

「太るよ?」

「むっ! りおくんはデリカシーのない人……」

「あははっ」

「私、怒ってるから……!」

「はいはい。すみません〜」


 今の状況は夢、俺もちゃんと知っている。

 それでも、霞沢と過ごすこの時間が好きだった。


 あの時の二人はこうだったんだ……。


「りおくん、私……」

「うん」

「や、やっぱりなんでもない……」

「バーカ」

「バカじゃないよ……。私は姫様だから! ふふっ」

「ええ……」

「ええってなんだよ〜」


 頭突きをする霞沢。


「姫様……」

「そうだよ! ふふっ」


 バカみたいな冗談を言いながら、二人はくっついていた。

 懐かしい……。

 俺は繋いだその手を離さなかった。


「ひひっ、りおくんからりおくんの匂いがする〜」

「当たり前だろ……」

「へへへっ」

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