45 陰
「けほっ……!」
「はあ……」
「ご、ごめんなさい……」
「あのさ、お前に聞きたいことがあるんだけど……」
「うん……」
薄暗い部屋の中で、水瀬の頬を叩いた。
その顔を見ると腹が立つ。
どうして何もかも俺の思い通りにならないんだ……? 俺は今までずっと頑張ってきたのに……どうしてだ。少しは悪いことをしたかもしれないけど、負け犬を同情するほど世の中は甘くないから……俺のせいじゃない。そしてあいちゃんがりおのことを早く諦めないと……、いつか俺たちの邪魔になるかもしれない。本当に、都会なんか来るんじゃんかった。俺があいちゃんを止めるべきだった……。
「な、直人くん……?」
あの時、そんな選択をした理由はなんだ……?
そのそばにいてあげれば、きっと俺の物になってくれると思っていた……。
なのに、どうしてこうなってしまったんだ……。
「最近、あいちゃんの言い方が変わった。何か知ってるのか?」
「な、何も……知らない」
「なあ。俺の許可なしに、あの部屋を出た理由は? ここにきた時、俺は卒業するまで部屋から出てこないでって電話で話したよな……? 水瀬は……もしかして、俺が言ったことを忘れたのか……?」
「お、覚えてる……ちゃんと…おぼ、えてる……」
「それを覚えてるやつが……、俺の言う通りにしないのかよ!!」
「うっ……!」
また、水瀬の頬を叩いた。
「…………」
その音が部屋に響く。
「学校終わったらすぐ帰れ! そして、りおとあいちゃんに関わるな!」
「ごめんなさい……。ごめんなさい…………」
「また泣くのか? 役立たずが……」
「ごめん……。直人くん、許して……」
「あの時も、今も、お前の下手くそだから! 何もかも上手くいかないんだよ! クソが! チッ」
裸姿でベッドに倒れている吉乃、その隣にスマホをいじる直人が座っていた。
「うっ……。ごめんね。ごめんね……」
今は水瀬しかいないから飽きたけど仕方がないか。
「それでも吉乃は俺のこと好きだよな……? そうだよな?」
「う、うん……。直人くん、好き……」
片手で首を絞めると、聞きたいことを言ってくれる。
水瀬はこんなにコントロールしやすいのに……、どうしてあいちゃんは俺の話を聞いてくれないんだろう。りおがいなくなった時からずっとそのそばで、あいちゃんを守ってきたのに……。どうしてあいちゃんは俺にそんなことを言ったんだ……?
その言葉の意味はなんだろう。
今までそんな風に言ったことないのにな。
……
———文化祭、屋上。
「あの二人さ、やはり付き合ってるのかな?」
「…………そう? 仲良いね。あの二人は」
「そうだね。あいちゃん!」
「うん?」
「今日は……うちに行かない? 後夜祭なんか見なくても……つまらないからさ」
最近のあいちゃんは前と違って、余裕ができたような気がする。
なぜだ……? 今までずっと俺が安心させてきたのに、文化祭当日からあいちゃんの態度が変わった。もしかして、りおと仲直りしたのか……? そんなわけない。もし、それが事実だとしても二人は結ばれない。
「どうしてそんなことに執着するの? 別に、やらなくてもいいんじゃない?」
「でも、彼女だし。あいちゃん……ずっと断ってきたからさ、なんか寂しいっていうか……」
「じゃあ、ここでキスする……?」
「それもいいけど……ううん」
「ねえ、直人くん。私はどうして北川くんに捨てられたのかな……? そんなに仲が良かったのにね」
また、それか。
「それはあの時のりおがクズだったからだろ……? あいちゃんとそんな約束をしたのに、他の女とくっついててさ……」
普段ならそんなこと言わないはずなのに、どうして今更あの時のことを……?
水瀬に変なことでも言われたのか? あるいはりおが……? いや、そんなわけない。今のりおはあの時のことを全然思い出せないから。てか、記憶喪失って本当にいいことだな。助かる。そして問題はあいちゃんだけ……、そろそろ俺に従ってほしいけど……それが上手くいかない。
「そうかな……? それが気になる」
「あいちゃんも見たよね? そこで何があったのか。りおは幼馴染のあいちゃんを裏切った。そして他の女を選んだ。それが事実だよ。それについてどれだけ考えても、俺が知ってる事実は変わらない。それはあいちゃんも知ってると思うけど……」
「…………あの時は弱かったから、それについて聞けなかったけど、今は同じ学校に通ってるからね。聞いてみたい。どうして私を呼び出してそんなことをしたのか。でも、北川くんはあの時のことを思い出せない。何があったのかな……? 直人くん、私気になる。あの時のことがすごく……気になる」
「…………」
「私の前で、他の女の子とくっつくなんて……」
「あのさ、あいちゃん。りおのことが心配になるのは分かるけど、俺はあいちゃんの彼氏だよ……? りおの話はもうやめてほしい……」
「じゃあ、直人くんが北川くんに話してくれない……? あの時のことを」
「…………分かった」
そしてあいちゃんとキスをした。
「可哀想……」
うん……? 誰の話だ。
「直人くん、好き……?」
「うん。俺、あいちゃんのこと大好きだから……」
「うん……」
なんか、おかしい。
もっと俺に頼ってもいいのに、どんどん俺から離れていく。それは気のせいか?
……
「水瀬」
「う、うん……?」
「服、着るな……」
「う、うん……。また……や、やるの?」
「…………」
「わ、分かった……」
言わなくても分かってくれる水瀬と違って、あいちゃんは俺が言わないと何もやってくれない。付き合った時からずっとそうだった。
俺に何が足りたかったんだろう。
「うっ……」
「うるさい。黙れ!」
「ご、ごめんなさい……」
いや、俺は完璧な人だ。
だって、みんなの憧れだから。あいちゃんと二人で廊下を歩くと、周りの視線が感じられる。優越感半端ない。みんなのその羨ましいって顔が見えるから、俺はお前らと違って……特別だ。そして俺があいちゃんと付き合った時、こっちを見て「おめでとう」と言ってくれたりおの顔をまだ忘れていない。
あ……、りおのその表情……最高だったよ……。
「痛い……。な、直人くん……」
俺はあいちゃんが好きだ。
この感情は間違いなく「好き」だった。
何も知らないから、何も言えないその顔がすごく面白かった。
だから、この可愛いあいちゃんと付き合うのは俺だ。あいちゃんはりおではなく俺と付き合った方がもっと幸せになるはず。りおには悪いけど……、仕方ないことだった。さっさと諦めてほしい……、あいちゃん。
あの負け犬にそんな価値はないから……。
「な、直人くん……」
俺の物になってほしい、あいちゃん。
「…………っ!」
「水瀬……うるさい。黙れ!」
「ごめん……、ごめんね……」
「気持ち悪い……」
「ごめん……」
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