44 後夜祭のこと②

 化学準備室、ここで京子と会うことにした。

 いきなり話したいことがあるなんて、珍しいね……。何か気になることでもあったのかな? そして京子はりおくんのことをまだ諦めてない女の子……。いつか二人っきりで話すことになるかもしれない。そう思っていたけど、それが今日だなんて……なんか不思議だった。


 分からないとは言わない。

 いろいろあったから、今まで。


「あいちゃん……。二人っきりの時間を邪魔してごめんね……」

「西崎なら用事を思い出してすぐ帰っちゃったよ。気にしなくてもいい、それで京子は私と何が話したい?」

「あの、首のそれは……もしかして」

「あ……、これ? うん。京子がりおくんにやったことと同じことだよ」

「し、知ってたの……?」


 見れば分かる。

 あの時はりおくんのことをちらっと見る女の子が多かったから、その表情や視線を見るとすぐ分かってしまう。そしてあの時の私にはあいにく勇気がなかった。そのままでいいってずっとそう思っていたから……、前に進もうとしなかった。それが私のミスだと思う。


 その結果がこれだよ。


「うん」

「あのね、私……あいちゃんに聞きたいことがある!」

「うん」

「あいちゃんはどうして北川くんをそんな目で見るの……?」

「そんな目……?」

「切ないっていうか……。まだ北川くんのこと好きだよね? あいちゃんは」


 京子にはバレたくなかったけど、やはりバレちゃったのか……。


「へえ……、知ってたんだ」

「私、知りたい。どうして彼氏がいるのに……北川くんのことを忘れないの? どうしてそんな目で北川くんを見てるの……? 教えてよ! 北川くんは今、あいちゃんのせいで何もできない状態になっちゃったから……! 二人の間に何があったのか私も知りたいよ!」

「…………」

「言いたくないなら……、せめて北川くんにはっきり言って。私たちはただの友達って……はっきり言ってよ! それでだけでいいから……」


 京子は涙を流しながら大声を出していた。

 好きという感情は本当にすごい。私もそうだったから、今の気持ちを分からないとは言わない。でも、りおくんはあげないよ……。ここでりおくんを諦めると私が今までやってきたすべてが水の泡になってしまう……。ごめんね、京子。


 本当に馬鹿馬鹿しい……。


「ふーん。京子は本当にりおくんのことが大好きなんだ……。その気持ち私にもよく分かる。だって、私もりおくんのこと大好きだから……」

「なのに、どうして西崎くんと付き合ったの? あいちゃんの、その好きってなんだよ!」

「ねえ、京子。私の話聞いてくれない? 中学時代の話だけど……」

「あっ、うん」


 ……


 私はあの時のことを忘れたりしない。

 だって、どれだけ考えても私には理解できなかったから……。


 私たちの関係は小学生の頃と一緒だった。

 仲がいい幼馴染。

 いつも一緒で、私のそばにはずっとりおくんがいてくれたから、当時の西崎はただ面白い人ってイメージだった。


 西崎はりおくんとサッカーをしたり、私と話をしたりして、どんどん三人が仲良くなる。そしてたまにこの三人でお昼を食べるのが全部だった。本当に、それだけだった。友達が増えるのはいいことだからね。今まで積極的に「友達になりたい」って言う人もなかったし、それを断る理由はなかった。


 そして中学二年生になった時、私は自分に嘘をつかないことにした。

 りおくんは何があっても私のそばにいてくれる人だから……ずっとその感情を抑えてきた。でも、私たちが成長すれば成長するほど……その好きって感情もどんどんコントロールできなくなる。それを受け入れるしかなかった。


 それはりおくんも私も一緒だった。


 私はりおくんのことが気になる。

 すごく気になる。

 でも、好きな人に何が好きなのって聞くのは無理だったからずっと西崎に相談をしていた。彼はしつこい私の質問にも優しく答えてくれて、私はりおくんとの関係が友達から恋人になるのをずっとドキドキしながら待っていた。


 ほぼ一年、その感情を抱いていたまま時間だけが流れていく。

 そして時が来る……。


「俺さ……! あいに言いたいことがあるから———」

「うん!!」


 来た。

 来た。

 来たよ。


 私たち、告白をする寸前まで行ったよ。

 そしてあの時の激しいトキメキも覚えている。

 普段なら普通に言えることもあの時はどうすればいいのか分からなくて、すごく慌てていた。それでも、一つだけ……。私がちゃんと覚えているのはあの時の雰囲気。その雰囲気で分かる。何が言いたかったのかそこで何が起こる予定なのか……、私はそれを知っていた。


「じゃあ、私———」


 恥ずかしくて、すぐ西崎の教室に向かった。

 まだ時間があったから。


「西崎くん、ありがとう」

「…………」

「ドキドキしてる! すごくドキドキしてるよ。今……」


 でも、そこで起こったのは……私が予想していたことじゃなかった。

 きっと私に告白してくれると思っていたのに……。

 私が見たのは……。


「私……りおくんのことずっと見ていたから……、好きだよ!」


 りおくんのそばには私じゃなくて、他の女の子がいた。


 また、誰かを失う。

 また、私を離れる。

 また、消えていく。


 あの時の私は何もできず、涙を流していた。

 ずっと一人で涙を流していた。


 ……


「えっ? それって……北川くんが……」

「どう思う? その状況を……。私は目の前で裏切られたよ。一番大切な人に。あの時の私はメンタルが弱かったから、その状況に耐えられなかった。どうしてそうなったの……? じゃあ、私を呼び出した理由は……? いろいろ聞きたいこともたくさんあったけど、聞けなかった。パニックだったから……」

「そんな……」

「そして、西崎が私に話したことをいまだに覚えている」

「えっ? 何?」

「りおが好きだったのはあの子だったのか……って」

「えっ? それは誤解だったり……?」

「誤解? それが誤解……?」

「…………分からない。ごめん」

「京子。あの時の私はりおくんに裏切られたよ。私のことを優先してくれるって言葉も……全部嘘だった。全部……」

「…………でも、は、話してみれば! き、きっと……!」

「何も思い出せない今のりおくんに、私は何をすればいいの……? 京子」


 私は……、私の大切な幼馴染に裏切られた。

 大好きなりおくんに裏切られた。


「あいちゃん……」


 それでも確かめなきゃならないことがある。

 今は違う———。

 私は……あの時の私じゃないから……。

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