43 後夜祭のこと
「もしかして、水瀬は小林の友達なのか……?」
「うん。同じ中学校だったからね。そしてここ数ヶ月……、ずっと部屋に引きこもって……。電話にも出ないし、ラ○ンの返事もしない。きっと何かあったと思うけど、何も言ってくれないから……ずっと吉乃ちゃんのことを待ってたよ」
「そっか……」
小林も水瀬も……、俺と同じ中学校に通っていたのか。
なら……。
「あのさ、二人が同じ中学校の友達なら俺もそこに通っていたはず……。でも、あの夜は水瀬のことを思い出せなかった。顔も声も全然知らない人だったから……」
「本当に、記憶の一部が消えたの? そんなことある?」
「俺にもよく分からないことだ」
「うん。でも、私には理解できないよ。部屋に引きこもる吉乃ちゃんのことも、記憶を失った北川くんのことも……。そして今は京子ちゃんまで……、どうしてこうなっちゃったの?」
「…………」
「それでも、頼まれたことだから……」
井原は俺のために小林を……。
「うん……。あ、そうだ。俺さ、おかしいっていうか……水瀬の性格をよく分からないから聞きたいんだけど……。水瀬っていつもごめんって言うのか?」
「ごめん……って?」
「いや、何もやってないよ? 本当に、何もやってないけど……。ずっとごめんとか自分は役に立たない人とか、そんなことばかり言うから……。それがおかしくてさ」
「…………吉乃ちゃんがそんなことを?」
「うん……」
小林もそれについては知らないのか。
あの時の顔をまだ覚えている。
水瀬は俺の方を見てずっと「ごめん」って言っていた。謝るような状況じゃなかったはず、どうしてそんなことを言ったのかを俺はずっと考えていた。その言い方と表情は、まるで俺に悪いことでもしたような……そんな雰囲気だった。俺は水瀬と何かあったのか全然思い出せないから。その前に、知らない人だったからな……。
「ごめんって……。そういえば、私ね! 吉乃ちゃんが私に言ったことをまだ覚えてる……」
「何……?」
「確かに、私……許されないことをやらかしたよって言ってた気がする」
「許されないこと……? だから、俺にそんなことを言ったのか? でも、……どうして俺に好きって言ったのかまだ分からない」
「告られたの……?」
「うん。電車に乗る前に、ずっと好きだったって……告られた。でも、それは本気ではなさそうな……気がする」
水瀬が言った「許されないこと」、それは以前俺と何かあったことになる。そんな気がした。
そして電車に乗る前の告白もそれと関わってるかもしれない。
「私が知ってるのは吉乃ちゃんが霞沢に彼氏を奪われたことだけ……」
「うん? 霞沢がそんなことを……?」
「そうだよ。北川くんは知らないの? あの時は大声で喧嘩したよ? あの二人」
「そっか……」
「それも思い出せないの? じゃあ、どこまで覚えているのか私に教えて、いつだったの? 霞沢と距離を置いたのは……? それくらい知ってるんでしょ? 二人は幼馴染だったから……。私は二人のこと好きだったよ。お互いのことを大切にしていたから、陰からずっと応援していたのに……。どうして他人になっちゃったの? 北川くん」
「距離を……置いた……。俺が……?」
その言葉が俺の中にある何かを刺激した。
何かを———。
「そう。二人が距離を置いた時のこと覚えてるよね? その理由もちゃんと覚えてるよね? 私は私が見たことを教えてあげる。二人はいつの間にか距離を置いて、そのまま霞沢と西崎くんが付き合ったよ。今更だけど、二人の間に何があったの? 幼馴染だった二人が、みんなによく知られていた二人が、どうして距離を置くようになったの? 思い出して、北川くん。思い出して……」
「そ、それは……」
俺は……それを忘れていない。
「その理由を教えてくれない……? きっと北川くんの中にあるはずよ。あの時、どうしてその記憶を頭の中から消すしかなかったのか」
あやかはりおを刺激するために、何度も同じ質問を繰り返していた。
「…………」
苦しむりお、あやかが心配する。
それでも彼女は頼まれたことをするしかなかった。
「…………」
「京子ちゃんがどうしてそんなことを言ったのか、今なら分かりそう……。本当にないんだ……。あの時の記憶が……」
何か……あった。
何かが……。
『へへ……、そうだよね。あ、そうだ。私……友達が待ってるから……』
「うっ……」
頭が痛い……。
———役に立たないから。
———ごめんなさい。
———ずっとりおくんのことが好きだった。
少しずつ、あの時のことが見えてくる。
それは霞沢と約束した場所に向かう時のこと、俺は……そこで見てしまった。
何を見た?
何があった?
一体、そこで何が———。
『どうして……? どうしてだ……。あい、俺はここにいるのに……。どうしてそこにいるんだ……? どうして直人のそばにいるんだよ……。どうして……? 俺は何のために———』
あ、そうだ……。
俺はあの時、約束した場所でキスをする二人を見たんだ……。
「絶対、何かあったと思う……。思い出してよ! 北川くん……、私は最後まで二人を信じていたから……」
あの時は……それを言うチャンスだと思って……。
霞沢を学校の裏側に呼び出した……。
そこで、何かあった。
何かあったよ。
『あの……! き、北川くん!』
『誰……?』
『ちょっと……話したいことがあるけど……』
あ、くっそ。涙が止まらない……。
「き、北川くん……大丈夫?」
まさか……。
『私、りおくんのことが好き……。ずっと前からりおくんを見ていたから……』
『俺さ……好きな人がいるから。ごめん』
そうだ。水瀬吉乃はあの時……俺に告白をした人だった。
その声を思い出した。
でも、どうして俺は水瀬のことを忘れたんだろう……? それを断ってから……、俺はすぐ霞沢に会いに行った。そこで待っているはずだから、俺はずっと我慢していたその気持ちを伝えたくて……、伝えたくて……約束の場所に向かった。
俺はあいの笑顔が見たかった。
でも……、そこにいたのは直人とキスをするあいだった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「き、北川くん……? 大丈夫? ねえ! 北川くん……」
「小林……。俺、思い出してはいけないことを……」
「えっ? 何か思い出したの……?」
そして、その間にまた何かあった……。
思い出せ、思い出せ、思い出せ! くっそ、北川りお!!!!!
俺が、あの選択をした理由は……。
「水瀬、直人、霞沢……」
「三人の名前……?」
「…………っ、小林。助けてくれ……。苦しいよ。苦しい、思い出せないのにすごく苦しくてたまらない。どうにかしてくれぇ……小林ぃ……」
りおの涙が床に落ちている。
『————————』
世界が真っ黒だった。
そして、俺が水瀬の顔を見たのはあの時じゃない。
あの時の記憶が曖昧で思い出せないけど、告られる時の俺は水瀬の顔をちゃんと見ていなかった。
それだけはちゃんと覚えている。
「俺……」
「うん……」
「霞沢に、裏切られたんだ……。あの時、俺は霞沢と約束をしてた。そこで会おうって、でも……裏切られたんだ……」
「やはり、霞沢に裏切られたの……?」
「小林……。助けてくれ、頭が痛い、胸が苦しい。俺はどうしたらいいんだ……」
「き、北川くん……。お、落ち着いて……」
思い出したのはその部分だけ、直人とキスをしている霞沢。
俺は裏切られたんだ…………。
俺の大切な…………幼馴染に。
「…………」
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