42 文化祭当日③

 出口でまたスタンプを押す井原、一体それはどこに使うものだろう……。

 ニコニコする彼女は何かを企んでるように見えた。


「最後はここ! コスプレ部! ここで服を借りてスタンプを押すんだよ!」

「コスプレするのか……?」

「コスプレって言ってもね。こういうのもあるよ?」

「へえ……、着物か」

「どー! 北川くん! 借りてみようよ!」

「か、構わないけど……。こういうのが好きだったんだ……。井原は」

「いいじゃん! 思い出を作ろう!」

「うん」


 コスプレ部で着物を借りた俺たちは、目立つこの格好で文化祭を回っていた。

 人の視線が気になるけど、井原が喜んでるから……それでいいと思う。そしてずっと一人だった俺に、この時間は大切な思い出になりそう。だから、井原には「ありがとう」と言いたい。おかげでいい経験をした。


「ねえ、北川くん! 見て見て! スタンプ全部押したよ!」

「おめでとー。てか、それで何をするの?」

「それはね! 行こうか!」

「ど、どこ?」


 手首を掴んで、またどっかに連れて行く井原。

 すると、向こうの曲がり角から直人と霞沢が出てきた。


「あれ……! 西崎くんとあいちゃんだ!」

「おっ! りおと井原じゃん!」

「どこ行くの?」

「俺たちは屋上かな? 賑やかだから、少しは静かなところに行きたくてさ」

「へえ……! そうなんだ」


 明るい顔で話している直人と違って、霞沢は何も言わなかった……。

 今朝までテンションが高かったのに……今はなぜか作り笑いをしている。直人と幸せな一時を過ごしたはずなのに、どうして俺を見てそんな顔をするんだ……? 物陰で話している二人と目を合わせる二人。四人は同じ場所にいるけど、別のことを見ていた。


「じゃあ、俺たちは行くから。二人とも頑張れ」

「うん……!」


 霞沢は最後までこっちを見ていた。


「…………」


 そしてりおの横顔を見ていた京子が声をかける。


「ねえ……! 私たちも行こう! 北川くん!」

「うん……」


 ……


「ここは……」

「写真部! 三つのスタンプを集めるとここで写真を撮ってくれるからね! やっとこの時が来た!」

「写真か……」

「ここはね。撮った写真を写真立てに入れてくれるイベントをやってるから、いい思い出になりそう! そうだよね? 北川くん」

「そっか、それはいいな……」

「だから、一緒に写真撮ろう……。北川くん」

「うん」


 二人はいろんなポーズで写真を撮った。

 そして井原は当たり前のようにくっつく。


「…………」


 文化祭は楽しいことばっかり、井原が俺に教えてくれた。

 なのに、ずっと気になってしまう。


「楽しかったよ〜! 北川くん!」

「そっか……? よかったな」

「ねえ、私たちも屋上に行かない?」

「あっ、今なら……あの二人が……」

「ううん。友達が今屋上で待ってるから……、そして誰もいないって」

「そうなんだ。じゃあ、行こうか?」

「うん!」


 屋上に行ったらあれが見えるかもしれないな……。

 それは一年生の時、一人ぼっちだった俺が楽しんだ唯一なイベント、後夜祭のキャンプファイア……。

 制服に着替えた俺たちはすぐ屋上に向かう。


「ねえ……、北川くん」

「うん」

「今日は本当にありがとう……。私、誰かと一緒に文化祭を回るのが初めてですっごく楽しかったよ。そしてこの写真……私にくれない?」

「あっ、うん……。いいよ」

「私は、今日を忘れない……。ありがとう。そしてここにきたのは北川くんのためだよ」

「俺のため……?」

「私は屋上に行かない。その代わりに、私の友達と話してくれない?」


 四階の階段、井原はそう言いながら作り笑いをする。

 彼女は悲しそうな顔で笑っていた。


「分かった……。そこにいる誰かと話すだけでいいのか?」

「うん。それだけ」

「うん……」

「それだけ……」


 屋上の扉を開くりお。

 その後ろ姿を見つめながら京子は静かに涙を流していた。


「久しぶりだね! 北川くん!」

「誰……?」

「ええ……? マジ? 京子ちゃんが言った通りじゃん……。本当に私のこと覚えてないの? 私だよ! 小林あやか。あの時、同じ中学校に通ってたよ?」

「俺と同じ地域に住んでた人……?」

「そうだよ。京子ちゃんに言われた。北川くんは今中学時代のことを思い出せないって。だから、同じ学校に通っていた私に頼んだよ。北川くんに何かあったのかそれを思い出させてほしいって」


 同じ中学校の人……? なら……!


「あのさ! こ、小林は知ってるのか? 水瀬吉乃って女の子を……」

「ど、どうして……その名前を知ってるの?」

「この前に……偶然出会ったっていうか……」

「本当に? 吉乃ちゃんと何話したの? 教えてくれない?」

「えっ……」


 ……


「…………」


 話している二人を確認した京子は誰かに電話をかける。


「もしもし……」

「うん」

「今……、時間あるの? 私、話したいことがあるから……」

「いきなり……? うん、分かった。どこに行けばいいの?」

「化学準備室」

「うん」

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