41 文化祭当日②

「私ね……怖くないから。この勢いで行こう……! 北川くん!」

「そっか。じゃあ、なんで俺の後ろに隠れるんだ……。井原」

「そ、それは……。足元に……えっと……、倒れるかもしれないからだよ!」

「…………」


 薄暗いお化け屋敷の中、俺と手を繋いだ井原の体が震えていた。

 別にホラーとか苦手じゃないけど、井原がいつ悲鳴を上げるのか分からないからそれがちょっと怖いかも……。


「ねえ……、北川くん……本当に幽霊とか出ないよね?」

「うん。多分……、それより井原緊張しすぎ……」

「…………うう」


 そして後ろから肩をポンポンと叩く誰かに、京子が振り向く。


「こんにちは」

「キャァ———!」

「いばらっ……!」


 すぐ俺に抱きつく井原のせいで、そのまま廊下に倒れてしまう。

 振り向くと白い服を着ている人がすごく慌てていた。多分、そこまで悲鳴を上げるとは思わなかったんだろう。一応……お化け屋敷だからな。びっくりさせるのが普通だと思うけど……、井原のせいで逆に俺がびっくりしてしまった。


 心臓が痛い……。


「…………す、すみません」

「いいえ……」

「井原……」

「だ、だって後ろから……それはずるいよ!」


 震える声でこっちを見る井原。


「行こうか……?」

「ねえ、北川くん。私どうしよう……」

「うん?」

「足に力が入らない……」

「マジかよ……」


 ……


「はい。お化け屋敷のスタンプです!」

「ありがとうございます……!」


 まさか、そこまで怖がるとはな……。

 一応歩けない井原を出口まで連れてきたけど、怖いって言うより疲れた。

 高校二年生の俺が女の子をおんぶするなんて……、それよりお化け屋敷の出口が遠すぎて時間がけっこうかかっちゃったな。周りのお化けも俺をびっくりさせようとしたけど、ずっと出口を探していたから全然驚かなかった……。


 なんか、ごめんなさい。


「スタンプ……!」

「なんだ……。そのスタンプは……」

「ひひっ、秘密だよ〜」

「なあ、井原。できれば井原がびっくりしないところに行きたいけど……」

「うん! 次はね———」


 次は甘いものばっかりか……。

 わたあめとりんご飴とチョコバナナとポップコーン……。ちょっと待って、これ全部食べれるのか? 女の子が食べるには量が多くね?


「ねえ! 北川くん! また買っちゃったよ! えへっ」

「今度は飲み物まで……」

「うん? どうしたの?」

「これ……全部食べるのか? 井原」

「ふっ! 当然でしょ! そして北川くんのも買ってきたからね!」

「あ、ありがと……」


 井原は本当に明るい人だ。

 もし、俺が霞沢のことで悩んでいなかったら……きっと井原みたいな人と付き合ったかもしれない。中学時代の直人はずっとこんな景色を見ていたんだろう……。霞沢と一緒に、ずっと———。


「あーん」

「えっ? いきなり……?」

「あーん。これ甘くて美味しいからね! 一口あげる!」

「あ、ありがと……」


 食べかけのりんご飴を一口食べると、その甘さが口の中に広がる。


「どー! 甘いよね?」

「う、うん……」

「ひひっ、私ね。誰かと文化祭回るの初めてだよ」

「えっ? そう? 昨年はいいとして、中学生の時は……?」

「中学生の時も今と同じく友達がなかったから……」

「そっか、俺と一緒じゃん。俺も直人と霞沢が付き合った後、ずっと一人だったからな」

「うん……。一緒だよね」


 そして、会話が途切れる。


 俺は井原が買ってくれたジュースを飲みながら、しばらくベンチで甘いものを食べていた。今頃、直人は霞沢と楽しい時間を過ごしてるよな。今は井原と一緒にいるからそんなこと考えなくてもいいのに、どんどん苦しくなる自分の心をコントロールできなかった。ずっとその顔を思い出してしまう。


 それにこんな状況で水瀬の言葉が気になるなんて、俺最悪だな。

 せっかく、井原と文化祭を回ってるのに……。


「ねえ! 北川くん! 私、行きたいところまだたくさんあるから!」

「はいはい〜。行きましょう」

「わーい!」

 

 そう言ってからすぐ公演が行われる体育館に向かった。

 次のスタンプはそこで押すらしい。それよりそのスタンプをどこに使うのか教えて欲しいけど、井原はずっと「秘密」って答えるだけだった。


「おお……。人、多いね……!」

「井原、離れないように手を繋ごう」

「あっ、うん!!」


 さすが軽音部か、人多すぎて全然見えないな……。

 でも、みんな盛り上がっていたから俺もテンションが上がる。今までこんなことなかったから、すごくドキドキしていた。そしてボーカルの挨拶とともに軽音部の演奏が始まる。俺も井原も知らないうちに盛り上がっていた。


「イェーイ!!!」


 手を繋いだ二人はステージを眺める。

 そして京子が拳を握った。


「行くぞぉ———!」

「おう!!!」


 声が響いている体育館で、京子が叫ぶ。


「りおくん!! 私、りおくんのこと大好きだよ!!!」


 大声を出す京子に気づくりお。


「えっ? 井原、何か言った?」

「なんでもない!!」

「え? なんって? ごめん、周りの声が大きくて全然聞こえない!」


 すると、そばにいる井原が俺の頬をつつく。


「ひひっ」

「なんだよ〜。井原ぁー」

「バーカ!」

「はあ? 今はちゃんと聞こえますけど」

「え〜、そうなの?」

「さっきも俺の悪口を言ったよな……。井原……」

「そんなことないです〜」

「本当に……?」

「本当だよ?」

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