七、文化祭

40 文化祭当日

「ヤッホー! 文化祭だよ! りおくん!」

「あ……そうだな」

「ねえ、早く起きてよ! 何してんの? ねえ〜りおくん〜」

「分かったよ。うるさ〜い」


 文化祭当日、朝の六時から俺に電話をかける霞沢だった。

 てか、わざわざ電話をする必要があるのか……? 学校で話してもいいことを電話で言う必要はないと思うけど……、テンションの高い霞沢にそんなことを言っても無駄だよな。俺の話、全然聞いてくれないし……。


「ワクワク!」

「うん……。もうちょっと寝る」

「ええ!」


 それより……、水瀬のせいで昨夜コーヒー飲みすぎかも。

 どうして俺にそんなことを言ったんだろう……? ずっとそれを考えていた。

 そして俺はその言葉をどっかで聞いたことがある……。どこでそれを聞いたのかは俺が一番よく知ってるはずなのに……。あの夜は思い出せない記憶に、胸が苦しくなるだけだった。


 でも、手がかりっていうか……一つ気になることがある。

 それは水瀬が俺のことを知ってるってことだ。他学校の彼女が俺を知ってるってことは、以前どっかで俺と出会ったことになる。そして、俺はここに来てから外に出たことがない。学校以外にはほとんどスーパーくらいだったからな……。つまり、水瀬吉乃は俺のことを知っている唯一な手がかりだ。それだけは確信できる。


 あの時、俺も電車に乗って水瀬に聞くべきだった。

 住所も電話番号も知らない俺に、今できるのは……?


 ……


「よっ! りお、今日は早いな」


 そうだ。ここには同じ中学校を卒業した直人がいるから、ちょうどいいところに来てくれた! 直人は学校のみんなによく知られてるやつだったから、きっと水瀬のことも知ってるはず。こういう時には役に立つやつでよかった……。


「どうした? りお?」

「あのさ、水瀬吉乃って女の子を知ってるのか? 多分、同じ中学校の人だと思うけど……」

「…………」


 なんだろう……? この静寂は……。

 もしかして、あの直人すら知らない人なのか……? それは困る。でも、一つ気になるのは直人の顔だった。その顔を見るのは久しぶりっていうか、直人は眉を顰めて窓の外を眺めていた。なんか怒ってるように見えるけど……、俺が変なことでも聞いたのかな? いや、気のせいか……。それでもなんか引っかかる。


「ああ、やっぱり分かんない。ちょっと他の人と勘違いしてさ……」

「そう……か? 分かった。お前、めっちゃモテるやつだったから……一応聞いてみたけど、やっぱりダメだったか……」

「あはははっ、だよな。確かに中学時代はそうだったかもしれないけど、俺にもよく分からない人だ。ごめん、りお」

「いや、いきなり変なことを聞いた俺が悪い。ごめん」

「…………」

「…………」


 なんだ……。


「みんな! おっはよー!」

「あいちゃん! おはよう〜」

「北川くんもおはよう〜! へへっ」

「霞沢、今日どうした……? いつもよりテンション高いけど……?」

「文化祭だからね! ワクワクする!」

「いや、子供じゃあるまいし……」

「ふふっ」


 首の右側にキズテープ一つ、そして左側にまた一つ、最後は首の後ろか……。

 目立つところにキスマークを残したな……直人。

 二人で何をしたのかは大体分かってるから、すぐ目を逸らしてしまった。多分、霞沢が俺にやってくれたことと同じことだろう……。あるいはそれ以上のこと……。でも、二人はカップルだし。それは仕方がないと思う。そうだ……。それは仕方がないこと。なのに、どうして心が痛いんだ……?


 それは今の俺と全く関係ないことなのに、どうして苦しくなるんだろう……?

 ただの友達なのに、そして友達の彼女なのに……。


「じゃあ、俺たちは用事があって……」

「あ、うん」


 俺は二人の後ろ姿を見つめながら、その場でじっとしていた。

 すると、誰かが俺の背中をつつく。


「お、おはよう……。北川くん……」

「い、井原だ。お、おはよう」

「そうだよ。井原だよ〜」

「井原も今日テンション高いな……」

「ふふっ。それより、友達ね……。遅くなるかもしれないって言ったから、一応二人で回らない……?」

「うん」


 そういえば、文化祭って何をする日だったっけ……?

 一緒に回るって言ったけど、何をすればいいのか全然分からない。

 賑やかで人が多すぎる……。これが文化祭なのか? そういえば、俺……誰かと文化祭を回るのは初めてだよな……。


 なんか、緊張する。


「どうしたの? 北川くん」

「恥ずかしいけど、こんな文化祭は初めてだから……」

「あははっ。確かに、一年生の時はずっと教室の裏側にいたからね。今日は私がリードします!」

「よ、よろしく」


 イキイキしてる、井原。


「それで、ここ! どー!」


 で……、初めてからお化け屋敷……?

 それよりこんなことも作れるんだ……。すごいな。

 入り口からリアルすぎてビビった。


「北川くん。もしかして、怖いの嫌い?」

「いや、井原……。それはこっちのセリフだけど……? めっちゃ震えてるじゃん」

「わ、わ…私は平気ですけど……? こ、怖くありません……」

「うそ……、その顔で平気って言うのかよ……。ぷっ」

「わ、笑わないで! せっかくだし、私も……勇気を出してお化け屋敷に挑戦してみたかったから!」

「分かった。それも悪くないと思う。行こう」

「うん!」


 そうやって俺たちの文化祭が始まる。

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