39 フードの人②

「水瀬、足はどう……?」

「うん……。歩けるかも……」

「じゃあ、そろそろ行こうか……? 早く行かないと、水瀬の家族が心配するから」

「うん…………」


 今日初めて出会った女の子だけど、怪我した人を見過ごすわけにはいかないから駅まで送ってあげることにした。


 夜の十時、夜空が見える道を二人で歩いていた。

 そして水瀬が無理しないように俺は彼女と腕を組む。


「早く帰らないと、夜は危ないからな……」

「私、誰かを……待っていたよ」

「へえ……、それって彼氏のこと? あるいは友達……?」

「…………」

「ううん……。言いづらいことなら言わなくてもいいよ。ただ、遅い時間なのに女の子が一人で歩いてたから心配になっただけ」

「…………」

 

 水瀬は沈黙した。


「なんか、ごめん」


 一応腕を組んでるけど、水瀬の体がすごく震えていた。

 もしかして、俺が余計なことをしたからか……? よく分からないけど、水瀬に嫌われたような気がする。さっきからずっと沈黙し、話をかけても「うん」と答えるだけだったからな。でも、今日初めて出会ったから、仕方がないか。


「…………」


 ちらっとりおの方を見る吉乃がその場に立ち止まる。


「どうした……? 水瀬……、やっぱり足痛いのか?」

「…………」


 また静寂が流れる。

 言ってくれないと分からないのに、水瀬はそのままじっとしていた。


「ごめんなさい……。本当にごめんなさい……」

「えっ? いや、水瀬は悪くないよ? どうしてさっきからずっとそんなことばかり言うんだ……。水瀬は悪くないから……そんなこと言わなくてもいい」

「…………」

「えっと……。もしかして、誰かにいじめられてるのか……? それで、なんっていうか。こういう状況が苦手だったり……」


 頭を横に振る水瀬は否定した。


「そっか……。なんか、今日初めて出会ったけど……、水瀬に嫌われたくなかったからさ。余計なことをして、ごめん」

「…………」

「この道さ、まっすぐに行けばすぐ駅が出るから……。一人で行けるよね」

「…………」


 こういう時にどうすればいいのか分からない。

 水瀬は何も言ってくれないし、何もやろうとしない……。

 だから、こっそり袖を掴んでる水瀬に俺ができるのは「さようなら」を言うだけ。


「じゃあ、また……どっかで会おう。、水瀬……」

「ダメ!!!!!」

「えっ……? ど、どうした……? 水瀬」


 いきなり大声を出す水瀬に、びっくりしてしまう。

 俺、何かやらかしたのか……? じっとして水瀬の方を見ていた。


「……ダメ、さようならって言わないで……北川くん」

「どうして? いや、別れの挨拶だと思うけど……」

「…………ごめん。あ、あの……駅まで一緒に行きたい……」

「あっ、そっか! 駅まで一緒に行きたかったんだ……! そんなことなら早く言ってよ。全く……」

「うん……」


 そして水瀬と駅まで歩いていた俺は、ふと「さようなら」という言葉を思い出してしまう。理由は分からないけど、その言葉が引っかかる。でも、今日初めて出会った水瀬はそれを「言わないで」って……。つまり、俺たちは以前どっかで会ったことがある関係。とはいえ、俺は水瀬みたいな女の子と話した覚えはない……。彼女の顔も声も、そして臆病なところも俺は初めてだった。


 誰だ……? 水瀬は。


 小学生の時も、中学生の時も……、俺にはずっと霞沢だけだったからな。


「人いないな……」

「…………」

「水瀬……? どうした? 何か落としたのか?」

「ううん……。ねえ、私聞きたことがあるけど……」

「何?」

「北川くんは私のこと……覚えてる?」

「いや……、俺は今日初めてだよ」

「そ、そうなんだ……」


 そして電車が来る。


「あ、電車来たよ。水瀬」

「…………」

「じゃあ、またどっかで会おう。さようならは言わない! 気をつけて、時間が遅いから……」


 水瀬は俺のことを知ってるかもしれないけど、俺は彼女のことを知らない。

 もっと話したかったけど……、今日は時間も遅いし。いつかまたどっかで出会ったらあの時はゆっくり話してみたいなと思っていた。今日はこれで終わり。短い出会いだったけど、プリンばかり食べさせてなんか悪いけど、それでも不思議な経験だったと思う。


「…………私!」

「えっ?」

「私……ずっとりおくんのことが好きだったよ……!」

「…………え?」


 すぐ出発するかもしれないのに、水瀬はそう言ってから俺に抱きつく。

 なんだ……?


「ごめんね……。北川くん、ごめんね…………」

「水瀬……? 今のは……?」

「ごめんね……」

「…………」

「本当に……ごめんね……」


 電車に乗る水瀬はそれしか言ってくれなかった。

 どうしてそんなことを言ったのか、それを聞く前に……水瀬は消えてしまう。

 

「…………なんなんだ?」


 帰り道、俺は水瀬について考えてみた。


 水瀬吉乃……。

 水瀬吉乃……。


 記憶の中に存在しないその名前。

 俺は水瀬にそんなことを言われるほど、彼女と親しい関係だったのか……? 最後のそれは一体……? それに「好き」という言葉を言い出して、俺に抱きついた理由は……? どうしてこんなことになっちゃたんだ……? また、変なことが増えてしまった。


「あっ」


 玄関で俺は何かを思い出す。


 俺さっきの状況を覚えている。

 そしてその感覚も覚えている。


 井原が俺に抱きついた時の……その感覚と一緒だ。

 そして以前どっかで……。

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