38 フードの人

 夜の八時、綺麗な夜空を眺めながら一人で坂道を上っていた。


「…………涼しい」


 コンビニに寄ってすぐ家に戻るつもりだったけど、今日はなんか歩きたい気分だった。最近いろいろあって心の余裕がなかったから……、たまには一人の時間が欲しくなる。霞沢も直人もいない一人だけの時間を———。


「…………」


 いくら考えてみても、俺が抱えている問題はそう簡単に消えなかった。

 井原に告られて、霞沢といけないことをして、俺も自分がどうすればいいのか分からなくなる。人を傷つけるのもできないし、だからってそれを受け入れるのもできない。俺はずっとそうだった。はっきりと言わないから、何もかも上手くいかない。


「はあ……」


 手がかりも早く探さないといけないのに、一ミリも進んでない。

 どこから聞けばいいのか、俺はそれすら分からないかった。

 だから、直人にも霞沢にも聞けない。何も思い出せないから、何も聞けない。


 心がモヤモヤするだけ……。


「それでも、俺たちはずっと友達だよな……」


 ベンチで缶コーヒーを飲みながら少し考えをまとめた。

 それにしてもずっと連絡をしなかった霞沢があんな風にくっつくなんて、てっきり俺のこともう忘れたと思っていた……。あいつの彼女だから俺が気にすることではないけど、それでもちょっとだけ悲しかったと思う。


 いきなり現れて、いきなりキスをして、いきなりわけ分からないことを言って。

 馬鹿馬鹿しい、どうしてそんなことをするんだよ。

 今は君のことを……触ることすらできないのに……、一体何がやりたいんだよ。霞沢は……。


「寒っ、そろそろ戻ろうか……」


 夜の寒い空気に、すぐ家に戻ろうとした。

 そして———。


「あっ! ご、ごご、ごめんなさい……」


 暗くて前がよく見えなかった俺は、曲がり角で誰かとぶつかってしまう。


「す、すみません……。前がよく見えなくて……」


 地面に倒れたあの子はなぜかフードを被っていた。

 それにしても黒いパーカーに黒いズボンか……。

 女の子だったから別に警戒しなかったけど、さすがにこの格好はちょっと……。誰かに見られたらすぐ疑われるかもしれない。そしてけっこう遅い時間なのに、女の子一人で何をしてたんだろう……?


「す、すみません……」

「大丈夫ですか? 怪我は……?」

「あっ……!」

「どうしました?」

「足……挫いちゃって……」

「は、はい……?」

「ごめんなさい…………。や、役に立たなくてごめんなさい……」


 あの子は地面に倒れたまま足首を掴んでいた。

 これは仕方がないな……。


「えっと……、家は近いところにありますか?」


 頭を横に振るあの子は地面を見つめていた。

 そして、女の子をここに置いていくのもあれだし。本当に……ついてないっていうか、どうして俺にはこんなことばかり起こるんだろう。仕方がなく、うちに連れていくことにした。すぐ隣だからな……。


 ……


「ご、ごめんなさい……」

「いいえ。気にしなくてもいいですよ」

「…………ごめんなさい」


 部屋に置いていた箱の中から包帯を取り出して、彼女の足首を固定させた。

 てか、家でもフードを被るのか……。


「うっ……。はっ……」

「い、痛いですか?」

「い、いいえ……。すみません」

「あの、俺は〇〇高校の北川りおです。ちなみに、高二」

「わ、私も高二です……。名前は水瀬吉乃みなせよしの……」

「じゃあ、ため口で話してもいいですか?」

「は、はい……。いいと思うます」

「うん。よろしく、水瀬」

「うん。そしてご、ごめんね。私、北川くんにをかけちゃって……」

「いやいや、俺も見えなかったから……。それに街灯もなかったし」

「うん……。ごめんね」

「フード、脱いだら……? そして怪我した人を追い出したりしないから、緊張しなくてもいいよ」

「うん……ごめん」


 偏見はよくないって知ってるけど、水瀬は悪い家庭環境で育ったように見える。

 先からずっと「ごめん」ばかり言ってるし……。俺は何もやってないのに、どうしてあんな反応をするんだろう……?


 そしてフードを脱ぐ水瀬が涙を流していた。


「私、役に立たない人だから……。ごめんね……。北川くん」

「いや……、俺はそんなこと言わないから……落ち着いて。落ち着いて、水瀬」

「ごめん……」

「俺は水瀬のことをそんな風に思ってないから、落ち着いて……。そうだ。もしかして、家で何かあったのか?」

「ううん……。何もなかったけど……」

「そっか……」

「うん……」


 そう言ってから、俺と目を合わせる水瀬。

 なんか、自信なさそうに見える。

 だとしても……、どうしてそんなことを言うのかは分からなかった。


「あ、そうだ。俺、飲み物とプリン買ってきたけど……。水瀬プリンは好きか?」

「す、好きだけど……」

「じゃあ、食べる?」

「い、いいの……? それ、北川くんのプリンでしょ?」

「いいよ。それにお腹から可愛い音もするし……」

「えっ? ご、ごめん……」

「飲み物もあるからゆっくり食べて……」

「うん……」


 それにしても、初めて見た女の子を家に連れてくるなんて……。

 まあ、いっか……。


「美味しい……、あ、ありがと……」

「よかったな」

「…………」


 そしてプリンを食べている水瀬には悪いけど……、彼女の首が気になる。

 それはいやらしい意味ではなく、鎖骨と首筋のところに変なあざが残っていたからだ。人が両手で首を絞めたような、そんなあざが……。


 俺の見間違いかな……。


「ど、どうしたの……? 北川くん……」

「あっ、いや……。足りないのかなと思ってさ……」

「…………」


 何も言わず、じっとこっちを見つめる水瀬だった。


「やはり、もっと食べる?」

「うん……」

「はい。食べて食べて、たくさん買ってきたから」

「うん…………」


 人にはそれぞれ事情があるから何も言えなかったけど、きっと何かあったと思う。


「ありがと……。北川くん……」

「…………」

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