33 あの子の名前は霞沢あい⑧

 霞沢と過ごした時間はすべて忘れられない思い出になる。

 そのまま中学生になっても、俺たちの関係は変わらないと思っていた。上手く言えないその曖昧な距離感と幼馴染の関係、それを深く考えることより今のままがいいと思う。どこに行っても俺のそばには霞沢がいるから、俺も他のことより霞沢と過ごす時間に集中したかった。それでいい……。


 どうせ、俺たちはずっと一緒だから———。


「ねえ、りおくん。私、聞きたいことあるけど……」

「うん? 何?」

「りおくんは……私が他の人と話すと嫉妬するの……?」

「い、いきなり……? そんな質問を? でも、友達ならいいんじゃね?」

「もし、相手が男の子だったらどうする……?」

「…………」


 そっちだったのか、霞沢が他の男と友達になっても構わないけど……。

 一応、そう思ってるけど……口には出せなかった。


「ぷっ、あはははっ」

「な、なんで笑うんだ……?」

「そんな顔しないで、私はただ……りおくんが私のことをどう思ってるのかそれを知りたかっただけ。何があっても私はりおくんのそばにいるからね?」

「……か、顔に出たのか……」

「うん。りおくんは分かりやすい! ふふっ」

「バカ」

「へへ……。だから、りおくんも約束して……ずっと一緒だよ? 私たち」

「わ、分かったよ……。そうする」


 俺たちは約束をした。

 それがいつまで続くのかは分からないけど、そんな約束をした。


「うん!」


 放課後、下駄箱の前で俺をからかう霞沢はいつもと同じ顔をしていた。

 手を繋いだまま、一緒に帰るその景色を……俺は覚えている。


「よっ! 二人とも仲がいいな〜」


 今更だけど、あの時は幸せだった……。

 とても、幸せだった。


「%に、@#!れよ———」

「えっ?」

「———、と%&*(!!」


 また途切れた……。

 なぜか、思い出せない。そこから何があったのかを……、俺は思い出せなかった。

 大事な何かをずっと思い出せないまま、時間だけが流れている。


 俺は、怖かったかもしれない。


 ……


 深夜の○時、目を閉じたまま昔の記憶を思い浮かべた。

 そんなに楽しかったのに、どうして俺に中学時代の記憶がないんだ? 霞沢の手を握ったのも、そのそばにいたのも、馬鹿馬鹿しい約束をしたのも、全部……俺だったのに……。何が俺たちの関係を変えたんだ……? 一体、何があったんだ……? 直人と出会ったあの日から、俺たちの間に何が起こったんだ。それが知りたかった。


 どうしてこうなったんだ……? 思い出せ、このバカやろ!

 それでも無理か……。


「あい……」

「うん。りおくん、どうしたの?」


 あれ? なんで、目の前に霞沢がいるんだ。


「えっ? あ、違う……。霞沢? どうして、ここにいるんだ……?」

「やっぱり、あのホラー映画は一緒に見たくてね」

「そ、そっか……? 珍しいな。霞沢がホラー映画を見るなんて、昔は怖がってたくせに……」

「今は平気ですよ〜」

「そっか、成長したな。霞沢も」


 ぼとぼと……。


「えっ? りおくん……? なんで泣くの? え……?」

「いや、なんか……懐かしいなと思ってさ。ううん……、なんでだろう。俺にもよく分からない……」


 なぜか、涙が止まらなかった。


「ねえ、りおくん……」

「うん?」

「キスしない?」

「えっ……? い、今?」

「うん。りおくんに拒否権はないから……じっとして」

「…………」


 目を閉じると、霞沢が感じられる。

 いつもより激しくて息ができない……。


「…………」

「はあ……」


 こんなことよくないってちゃんと知ってるのに……、それでもずっと霞沢とキスをしていた。癒される、すごく気持ちいい……。

 俺は霞沢を止めようとしなかった。

 いっそ、このまま時間が止まってほしかった。


「…………っ」

「りおくん……♡」


 そして楽しかったあの時を思い出しながら霞沢の体を抱きしめる。


「…………」

「…………」

「今日どうした……? 激しすぎて、息ができない……」

「ううん。今日のりおくん、寂しく見えたから……」

「……別に、寂しくない……うん?」


 霞沢の首筋に見たことない傷ができたけど、なんだろう……?


「どうしたの?」

「いや、あの首どうしたんだ……?」

「あ……、これね。ううん……、なんでもない! なんでもない〜。痒くてね。えへへっ」

「いいの? 痛くない?」

「えっ……? べ、別に……痛くないから気にしなくてもいいよ! うん!」

「そっか……。分かった」

「…………」

「あ、そうだ。映画のCD居間のテーブルに置いておいたから、今持ってくる」


 どうせ、明日は週末だからホラー映画くらいいいよな。


「あのね!」


 いきなり声を上げる霞沢が俺の手首を掴む。

 いけない。先までキスをしていたからか……、すごく緊張して心臓がドキドキしている。俺は何もしないけど、なんかやばい展開になりそうな……そんな気がした。冷静を取り戻した後に後悔をしても、やらかしたことはやらかしたことだから……俺を見つめる霞沢と目を合わせるだけだった。


 どうして、止めなかったんだろう。

 今更、馬鹿馬鹿しいことを考えている。


「うん?」

「ホラー映画はいいから、私……寝たい」

「…………そっか、霞沢はベッドで寝てくれ。俺は寝床を作るから」

「一緒……」

「ベッド狭いから、俺は床で寝る」

「じゃあ、私も床」

「…………霞沢」

「一緒……」


 なんで、一緒なんだ。

 もうあの頃の俺たちじゃないのに、そしてそんなこと直人に悪いから……。


「…………」


 本当にいいのかよ……。


「いいのか? そんなことをしても……」

「うん。りおくんだから……」

「はあ、分かった。時間も遅いし……、今日だけだよ。本当に……」

「うん……。そしてパジャマ持ってきちゃったよ……」

「ん? なんって?」

「へへっ、覚えてる? あの頃のパジャマだよ。大きいの買っちゃった」

「マジかよ……」

「〇〇モンスターのキャラクターパジャマ……」

「言わなくてもいい、恥ずかしいから」

「ひひっ……。りおくんのもあるけどぉ……」

「いい! そんなこと!」

「ええ……」


 そしてパジャマに着替えた霞沢がベッドに横たわる。


「寝よう! りおくん!」

「分かったよ。そして朝になったらすぐ帰れ……霞沢」

「はい〜」

「全く……」

「ひひっ♡」

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