32 あの子の名前は霞沢あい⑦
実は床に寝床を作るつもりだったけど、真冬の空気は寒いからそこまでする勇気がなかった。そして霞沢とお風呂に入るのも、風呂の中でくっつくのもすでに慣れたはずなのに、どうしてそんなに緊張したんだろう……。顔が熱くなるのもあるし、何よりも落ち着かない自分が一番おかしかった。今まで平気だったのにな……。
「はあ……」
さっきもタオルで霞沢の体を拭いてあげたけど、やっぱり無理……。
その状況に俺は耐えられなかった。
「…………」
居ても立っても居られない、俺はすごく慌てている。
パジャマに着替えてすぐ部屋に戻ってきたけど、わけ分からないその感情が俺の邪魔をしていた。それより俺たちもそろそろ中学生になるから、今までやってきたのをやめた方がいいかもしれない。出会ったばかりの時はあんまり気にしていなかったけど、今は二人とも成長したからやっぱり気になる。
「りおくん、りおくん……」
後ろから背中をつつく霞沢。
「うん? なんだ……。そのパジャマ」
「お母さんが買ってくれたよ。ひひっ、〇〇モンスターのキャラクターパジャマ! りおくんのも持ってきたから、着てみ!」
「あ、ありがと……」
で……、どうして俺たち同じパジャマなんだ……?
言いたいことはたくさんあったけど、それでもせっかくプレゼントしてくれたから着てみることにした。
「わぁ……。可愛いよ、りおくん超可愛い!!」
「えっ? そ、そう……?」
「私は……どう? 可愛いかな……?」
「うん。あいも可愛いよ。似合う」
「………ううん♡!!」
その一言が嬉しすぎて、すぐりおに抱きつくあいだった。
……
「全く……、あいはすぐ俺に抱きつくその癖を直さないと……」
「なんで……?」
「俺たち、そろそろ中学生になるし。ずっとこんな風にくっつくのは良くないと思うよ。それだけ」
「へえ。だから、あっち向いてるんだ……」
「…………」
布団の中に入ってる二人、俺は霞沢の方ではなくその反対側の壁を見ていた。
そして後ろには俺に抱きつく霞沢がいる。一分前に「くっつくその癖を直した方がいい」って話したのに、やはり全然聞いてくれないんだ……。まあ、それも癖になってしまったから仕方ないかもな。それで一緒に寝るのも今年で五年目か、いつもくっついて寝てたから知らないうちに霞沢の匂いまで覚えてしまった……。
「ねえねえ、りおくんはあいのこと嫌い……?」
この生活はいつまで続くんだろう。
「そ、そんなことじゃないから……変なこと言うな」
「ひひっ♡」
しかも、今度は足まで使って……これは確実に抱き枕扱いだ。
霞沢、くっつきすぎ……!
「ねえ……、りおくんこっち見てよ……! 昨年まで私の方を見てたじゃん……」
「…………早く寝ろ……。今日は疲れたから!」
「…………うん」
すると、後ろから霞沢の泣き声が聞こえた。
「分かった……! 分かったよ! 泣くなぁ……」
「ひひっ」
「はあ? 演技!?」
「だって、こうしないとりおくん振り向いてくれないから……仕方がないじゃん」
「騙された……!」
「いいじゃん。それより! こんなに可愛い姫様がすぐそばにいるのに……、どうしてあっち向いてんの? 本当に理解できないよ! むっ!」
「それを自分の口で言うのか……? あい……」
「だって! 私、可愛いからね! そうでしょ?」
まあ、否定はしないけど、ムカつくのはなぜだろう……。
そうだ。いくら幼馴染だとしても、霞沢が可愛いってことくらいはちゃんと知っている。でも、俺の人生に女は霞沢しかいなかったからそれを実感できなかった。そして偶然見かけたある日の告白に……、俺は気づいてしまう。みんな、霞沢のことが好きだったことを……。そして一度も話したことない人に告られるほど、モテる人だったことを……。それを見る前で俺は全然知らなかった。
もちろん、霞沢は全部断ったけど、なんか……苦しかったと思う。
「はいはい……。姫様はいつも可愛いですぅ……」
久しぶりに霞沢の頬をつねる。
「ひひっ、りおくんにそう言われるの好きっ!」
「だから、好きって言葉もそんなに軽々しく言うな! それは好きな人を見つけた時に使う言葉だから! 分かった?」
「うん! その人がりおくんだよ! 私たち約束したじゃん! 大人になったら結婚するって! その約束、守ってくれるよね? りおくんはそうしてくれるよね?」
「…………なんか、罠にハマっちゃったような」
「私! りおくんと結婚する未来が楽しみだよ!」
「う、う、うるさいから……早く寝ろぉ!」
「は〜い!」
俺、とんでもない約束を……。
それでも霞沢と描く未来は悪くないなと……俺はそう思っていた。
「おやすみ……。りおくん」
「あいも、おやすみ」
……
そして深夜、俺はずっとくっついている霞沢のせいで全然眠れなかった。
それにしてもちゃんと枕まで用意したのに、どうして霞沢はいつも俺の腕で寝るんだろう……。これも直らない癖の一つだよな……。霞沢の右手は俺のパジャマを、そして左手は俺の手首を掴んでいた。これからどんどん大きくなって、俺たちは今みたいな生活を過ごせないかもしれないのに……、霞沢はそんなことを気にしていないみたいだ。
こんなことができるのも今だけ……。
「りおくん、私と結婚してぇ……。私、りおくんの花嫁になりたい……」
「えっ?」
「ううん……。いちご……ミルク……」
「なんだ……。寝言だったのか……」
眠れない夜、俺は寝ている霞沢の頭を撫でてあげた。
「まだ付き合ってないのに、結婚の話か……。早すぎだぞ。あい」
「チーズケーキ……とココアと、りおくん……食べたいぃ……」
ちょっと、その中に食べ物ではないのが混ざってますけど……?
「ぷっ」
まあ、いっか。
「へへへ……おいひい〜」
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