31 あの子の名前は霞沢あい⑥

 なんか、おかしい……。

 俺と霞沢の関係はそのままなのに、俺が感じるこのわけ分からない気持ちはなんだろう……? 考えれば考えるほどどんどん分からなくなる。一体、俺は霞沢と何がしたいんだろう。俺たちはずっと同じ日常を過ごしてきた幼馴染、他に望んでるのはない。俺はただ……、そばにいてくれるだけでいいと思っていた。


 彼女は俺の前で消えたりしないから———。

 そのままでいいと———。


 それに霞沢はいつも俺しかいないって言ってるけど、それは俺にも同じだった。

 俺だって霞沢しかいないよ。よく分からないその壁のせいで距離を置いてしまったけど、それでも初めてできた友達だから俺には霞沢しかいない。誰よりも、俺は彼女のことを優先しないといけない。それほど大切な人だった。


「りおくん……? いる?」

「うん。ごめん、宿題やってたから。どうした?」

「私、髪切った方がいいかな? 最近……みんなショートボブだからね。りおくんはどう思う? ロングとボブどっちが好き?」

「髪型のことなら、俺よりあいの方がもっと詳しいと思うけど……」

! 私はりおくんにどっちが好きって聞いてるの!」

「えっ? 俺に……? でも、怒られるから……遠慮しとく」

「え! なんで? 怒らないから言ってよ!」

「…………」


 そういえば、霞沢……最近よくそんな質問をするよな。

 洋服のこととか、髪型のこととか、そして化粧のこととか……。もうすぐ中学生になるからそういうことに興味を持つのも無理ではないけど、なんかそんなことを言われるたび……体に変な変化が起こるような気がした。


 なぜか、胸が苦しくなる。


「早く……!」

「俺は今のままがいいよ。髪の毛、長いのがす…好きだから」

「えっ……? そ、そうなの……? じゃあ、私もこのままでいいかな……」


 両手で自分の髪の毛を掴む霞沢が照れていた。

 いや、俺の前でそんな顔をすると……俺も恥ずかしくなるんだろ。バカ……。


「それより、宿題まだやってないの? この前もそうだったじゃん〜」

「そ、それは……あいに映画を見ようって言われたからだろ……! 俺宿題やるってそんなに言ったのに……」

「そうだったの? えへっ!」

「えへっじゃねぇよ!」


 そう言いながら、ソファの上でくっつく二人だった。

 さりげなく俺を抱きしめる霞沢。宿題も終わったし、冬は寒いから前よりくっつく時間が長くなってしまう。別に嫌じゃないけど、なんか息が詰まるっていうか。以前とは違って俺に心の余裕がなかった。


 それより力入れすぎじゃね……?


「やはり、りおくんとくっつくのが一番好き♡」

「恥ずかしいこと言うな! 寒いなら部屋に入った方がいいと思うけど」

「ううん。そろそろ夕飯食べる時間だから、お風呂入らない? りおくんの体も冷えてるよ?」

「そうしよう」


 あれ……? ちょっと待って……。

 なんか、なんか……おかしいな。最近、俺どうしたんだ……?


「うん? どうしたの? りおくん」

「ううん。な、なんでもない。ちょっと……やはりなんでもない」

「なんだよ〜。早く脱いでよ。寒いから〜」


 俺は霞沢の幼馴染……だろ?

 なぜ、先からずっと霞沢の方を見てるんだろう……? 今までずっと見てきた霞沢の下着姿なのに、なんで今日はこんなに慌ててるんだ。落ち着かない、なぜか動揺している。俺……変だよ。


「はあ〜。気持ちいい〜!」

「てか、あいはその歳になっても一人でできないのか……? 自分の体は自分で洗ってよ」

「でも、ずっとりおくんがやってくれたから私もこうするのがいい!」

「ええ……」

「それよりどうしてそんなことを言うの……? うん……?」


 振り向く霞沢に、つい目を逸らしてしまった。


「なんで振り向くんだよ! あい」

「うん? だって、前も……。え? なんであっち見てるの……?」

「べ、別に……。別に、何も……」

「あっ……。そう? じゃあ、前も拭いてくれるよね?」

「分かったよ……」


 膝をついて自分の体を拭いてくれるりおに、あいは微笑む。


「うっ……」

「へ、変な声出すなよぉ……」

「ごめん……。気持ちよくて、つい……」


 頭の中に刻んでおいた一文字「無」、今は何も考えない方がいいと思う。

 そうしないとなんかやばくなりそうだから、俺は下を向いたまま彼女の体を拭いてあげた。


「ひひっ、ありがと〜」

「はあ……。やっと終わったか」

「ねえ、りおくんは入らないの? あったかいから」

「い、行く……」


 この状況にはすでに慣れたはずなのに……。

 幼い頃からずっとこうだったはずなのに……。

 今の霞沢はあの時の霞沢と違って、なんか……「女の子」って感じだった。あの時も女の子だったけど、今はあの時よりもっと成長したっていうか、俺にくっつく霞沢になぜかすごくドキドキしていた。不思議な感覚、俺にはよく分からない感覚……。


「ねえねえ、今日学校で面白いことあったから聞いてくれる? うん? りおくん」

「…………」

「りおくん〜」

「えっ? あ、うん! どうした?」

「私に集中して!」

「うん……」


 なるべくあっちを見てほしいけど……目をどこに置けばいいのか分からなくなる。

 すぐ前に霞沢の裸が……。


「ねえ、もしかして……恥ずかしいの?」

「えっ? そ、そ、そ、そんなわけねえだろ! な、なな…何を言ってるんだ!」

「ええ……、どうしてそんなに慌てるのかな? ぷっ」

「わ、笑った……?」

「だって、先からずっと緊張してたよね……? りおくん」

「ち、違う……。俺は……」

「言わなくても分かるよ〜。男の子は見ればすぐ分かるから、ふふふっ」

「…………からかうはやめてくれ」


 顔が真っ赤になった俺は、恥ずかしすぎて霞沢から目を逸らしてしまった。

 そしてその状況を楽しんでいた霞沢はわざわざ俺に抱きついて、自分の笑顔を見せてくれる。


「ねえ、りおくん」

「はいはい……」

「好き!」

「…………この状況で、そんなこと言うのかよ……」

「なんで? 好きだから好きって言っただけだよ?」

「あいはそういうところが悪いんだから……! やめてよ……」

「好きだよ? りおくん! 大好き! へへっ」

「バカ」


 その笑顔はずるい……。


「温かくて、気持ちいいね……。そしてりおくんの体もあったか〜い」

「…………」


 その「好き」って言葉もずるい……。


「ねえねえ。りおくんの顔、さっきから真っ赤だよ……?」

「う、うるさい……。またそんなことを言ったら、俺先に出るぞ」

「それは嫌……」

「バカ」

「りおくんもバカ……。でも、好きぃ……」


 心臓、爆発しそうだ。

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