30 あの子の名前は霞沢あい⑤
「お〜い! 二人とも本当に付き合ってんのかよ。あははっ、毎日くっついてるじゃん!」
「いいな〜。霞沢、北川みたいな彼氏がいて」
「ねえねえ、二人はキスしたの? めっちゃ気になる!」
小学生だった頃、俺たちは周りの人たちによくそんなことを言われた。
みんなそういうことに興味を持ってる時期だから、男女がくっつくとすぐ大声でからかわれてしまう。そして俺たち以外にも他にカップルはたくさんいたけど、学校で堂々とくっつくのは俺と霞沢だけだった。
目立つのは俺たちだけ。
それに不思議だったのは、どれだけからかわれても「うん!」と答える霞沢だ。
彼女はそれを否定しなかった。むしろ喜んでいたような……。
他のカップルはみんなにからかわれるのが嫌だったから付き合ってるのを内緒にして、バレないように注意をしていたけど……。それに比べて付き合ってない俺たちは堂々と愛情表現をするカップルって噂されてしまう。全く狙ってないし、みんな付き合ってるって勝手に誤解していたから……何を言っても全然聞いてくれなかった。
俺たちの関係はずっと幼馴染のまま、何も変わってないのにな。
「…………りおくん! お腹すいたよ〜」
「だから、くっつくなぁ!」
「ええ……、別にいいじゃん。それより、今日のおかず気になる! 早くりおくんと一緒に食べたい!」
「てか、俺たちのお弁当一緒だろ? うちのお母さんが作ったから……」
「りおくんはつまんなーい」
「はいはい。姫さっ———」
あっ、また。
「ぷっ!」
「ち、違う!」
今、マジでやばいのを言い出すところだった。
霞沢は「姫様」って呼ばれるのが好きだったから、家にいる時にじゃんけんで負けた人が勝った人の言う通りにするゲームをやっていた。そしてじゃんけんが下手くそだった俺は今まで『0勝49敗』という馬鹿馬鹿しい戦績を持っている。だから、家にいる時はずっと姫様という恥ずかしい呼び方をしていた。それが知らないうちに癖になってしまって、たまたま口に出してしまう。
「あははっ、あいには分かる〜。りおくんはあいのこと大好きだもんねぇー」
「…………しらねぇ」
霞沢のペースに巻き込まれてしまったような……。
「おい、北川。サッカーやんない?」
「いや、ごめん。また今度にしよう……」
「ええ、また霞沢かよぉ〜。サッカーしたいのにぃ……」
「ごめん」
「いいよ。二人はお似合いだから気にしない。俺も中学生になったら可愛い女の子とイチャイチャできるかな……?」
「うん。できるよ、心配すんな」
「はいはい」
……
何かを得るためには、何かを諦めなければならない。
俺は友達と遊ぶことより、霞沢のことを優先していた。彼女には友達がいない。いや、友達を作らないって言った方が正しいかもしれない。それが気になってなぜ作らないのか聞いてみたけど、霞沢は俺以外の友達はいらないってそれしか言ってくれなかった。俺のことを大切にしてくれるのは嬉しいけど、俺がいなくなると霞沢が一人になってしまうからそれが心配だった。
「ふふっ、りおくんは私と一緒にいたいよね〜? そうだよね〜?」
「うん」
「えっ? 素直にうんって答えた! 何? どうしたの? 今日……」
「まあ、姫様だから?」
「なんか、急に恥ずかしくなったよ……」
「なんだよ……! それ」
「ふふっ」
あれがあってから、ほとんどの時間を霞沢と過ごしている。
いつも俺のことを探して、俺の名前を呼んで、俺のそばにいてくれるから、バカでも分かる。鈍感だった俺にもそれくらいはちゃんと分かっていた。なのに、どうしたらいいのかそれがよく分からなくて時間だけが流れてしまう。本当に、それをどうすればいいのか……答えのない質問を俺にずっと繰り返していた。
「ねえ、りおくん」
「ん?」
「じっとして……」
二人でお弁当を食べる時、いきなり顔を触る霞沢がくすくすと笑う。
「ほっぺたにソースついたよ〜」
「…………ありがとぉ……」
「どうしたの? りおくん」
「いや、あいもじっとして」
「えっ! 今度は私なの?」
「ご飯粒……ついてるから」
「あ、ありがとう……!」
「うん」
そのままご飯粒を食べると、急に頭突きをする霞沢だった。
「いてぇ……。な、なんだよ……。あい! いきなり……」
「…………」
えっ、もしかして悪いことでもしたのかな……? 分からない。
「ど、どうしたんだ……?」
「ううぅ……」
「えっ? 何?」
「な、なんでもない……。ちょっと……緊張しただけよ!」
「そうか……? 珍しいな。あいが緊張するなんて……」
そして息を吸ってから顔を上げる霞沢、その耳が真っ赤になっていた。
あ、もしかして……。
「はい! あーん!」
「えっ? いきなり?」
「うるさい! 私とおかず交換しよう!」
「えっ?」
一応、霞沢のお弁当と俺のお弁当は一緒だ。
うちのお母さんが今朝作ってくれたから、おかずを交換する意味はない。本当におかずの交換などしなくてもいいはずなのに、どうしてそれにこだわるんだろう。霞沢は……。
「あーんして! 早く!」
「分かったよ」
それでも、そうしたいって言うから口を開けるしかなかった。
「どう!」
「どうって言われても……普通に美味しい」
「それじゃなくて!」
そう言いながらこっちを見つめる霞沢に、俺は先のことを思い出す。
もしかして、わざわざ……? その真っ赤になった耳と顔を見て、俺はどうすればいいのか分からなくなる。しかも、それは今まで全然見たことない表情だし、俺に何かを期待してるような気がした。
「…………恥ずかしいからそんな顔で見るな」
「何がぁ〜?」
「知ってるくせに……、わざわざ聞くなよ……」
「え〜。あいは知らない〜。教えて!」
「この状況でカッコつけるのかよ……。顔に出るから……無駄だ」
「ぜ、全然……! 平気だけど!」
「ぷっ」
「わ、笑わないでよ! ふん! ちょっと緊張しただけだから……!」
「あははっ、ごめん」
一緒にお風呂に入った俺たちがただそんなことで照れるなんて、不思議だった。
そして食後、お茶を飲む霞沢が俺の肩に頭を乗せる。
「りおくんも飲む……?」
「いいの?」
「う、うん……」
「ありがと」
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