28 あの子の名前は霞沢あい③

 そして友達が少なかった俺も、知らないうちにみんなと仲良くなってしまった。

 男たちはカードゲームとか、サッカーとか、そういうのが好きだったから「俺もやりたい」とさりげなく言い出したその一言が一人ぼっちだった俺を救ってくれた。もちろん、霞沢と一緒に遊ぶのも好きだったけど、男同士でできることもあるからあれとこれと別だと思っていた。


 それからみんなとサッカーをする日が増えてしまう。


「なあ、りお」

「うん」

「さっきからあっちで誰かを待ってるような気がするけど……知り合い?」

「誰かを……待ってる?」

「うん。あっち」


 クラスメイトが指したところには、俺に手を振る霞沢がいた。

 なんで家に帰らないんだ……。

 学校ならすでに終わったはずなのに……。


「誰を待ってるんだろう……」

「多分、俺のことかも。ごめん……、今日は先に行くから」

「分かった」


 友達と遊ぶのもいいけど、逆に言えばその分だけ霞沢と遊ぶ時間が減ってしまう。

 だから、そこで待ってくれた霞沢と一緒に帰ることにした。

 そしてずっと友達ができなかった理由の一つっていうか、家が遠いから帰る時に時間がけっこうかかってしまう。みんな歩いて学校に行くのに、俺だけがバスだったのを覚えている。もちろん、霞沢も一緒だった。


「一人で帰ってもいいじゃん。俺、みんなとサッカーやってたのに」

「一緒に帰りたい……、一人は寂しいから……」

「全く……子供じゃあるまいし……」

「私たちまだ子供だけど……?」

「……っ」


 ど正論……。

 カッコつけたけど、霞沢の言うことに反論できなかった。


「ねえ、りおくん」

「うん?」

「手!」

「手……?」

「うん! りおくんと手繋ぎたい!」

「そろそろバスが来るのに、どうして手を繋ぐ必要があるんだ……?」

「むっ! 手!!」

「わ、分かったよ……」


 足をバタバタしながら微笑む霞沢。

 バスに乗ってもその手は離さず、家に帰る時までずっと握っていた。よく怒るし、よく笑うし、本当に自分勝手な女の子。小学五年生だった俺たちはいつもこんな風に喧嘩をするけど、それでも霞沢は俺と離れようとしなかった。


 彼女はずっと俺のそばにいてくれた。

 どんな時も———。


「この手、離さないでね」

「え……? どうして?」

「これは姫様の命令だよ!」

「また怒ってる……」

「べ、別に怒ってないよ! なんでいつも怒ってるって言うの?」

「ごめん……」

「バカ、りおくん!!」


 幼馴染だからか、霞沢は俺と何かをするのをすっごく期待していた。

 それはまだ「恋」という感情を知らなかった時のこと。


 ……


 バスから降りた俺たちは、手を繋いだまま歩いていた。


「今日、お母さん帰るのが遅いってさっき電話きたよ。りおくん」

「そう? うちもお父さんとお母さん仕事で忙しいからな」

「ねえ、今日もそっち行っていい?」

「いいよ。あいは何かやりたいことある?」

「私! ホラー映画見たい!」

「ホラー映画? いいの?」

「これはお母さんが借りたDVDだけど、一人で見るのは怖いから……」

「うん。そうしよう」


 家に帰ると、二人っきりの時間が始まる。

 そこは仕事で忙しい大人たちがいない俺たちの世界。俺は霞沢とお母さんが作ってくれた夕飯を食べた後、すぐホラー映画を見る準備をした。暑い夜に冷房をつけて、部屋から大きい布団も持ってきて、二人ともソファの上でくっつく。


 いよいよ、あの時がやってくる。


「それじゃ……再生するね」

「あい、緊張しすぎ……」

「だって、私怖いんだから……」

「怖いのに、どうしてホラー映画を見るの?」

「それは……りおくんと一緒に見たかったから……」

「…………バカ」


 そして、その映画に小学生だった俺たちはものすごいショックを受けてしまう。

 普通ホラー映画って言ったら、幽霊が出るのを想像するけど、それは殺人鬼がたくさん出てきてすぐ誰かを殺してしまう意味すら分からない映画だった。俺を誘ったのは霞沢なのに、途中から泣き出して、結局終わる時まで俺に抱きついたまま……映画を見ようとしなかった。


「だ、大丈夫……? あい」

「す、すっごくおはがったよ……。りおうん……ごわいいとばがりええきて……」


 大粒の涙を流しながら何かを言ってるけど、全然聞き取れなかった……。

 そのまま霞沢の背中を撫でてあげる。

 今の俺にできるのはそれくらいだった。


「りおくん……、怖かったぁ……」

「はいはい……。ここにいますよ。姫様〜」


 めっちゃ泣いてるし……、彼女が泣き止むまで俺はそのそばを離れなかった。

 こういう時は霞沢のことを守りたくなる。


「うっ……」

「だから、なんでホラー映画を……」

「だって……気になったから……」

「あいはバカ」

「バカじゃない! あいはバカじゃない!」

「ふふっ。次はホラー映画じゃなくて、他のジャンルにしよう」

「うん……。ねえ、りおくん」

「うん」

「私、お風呂入りたい」

「あっ、そうだね。今から準備する」


 そしてソファから立ち上がる時、霞沢が俺のシャツを掴む。

 その手がすごく震えていた。


「い、一緒に入りたい……」

「はいはい……。じゃあ、ここで待ってくれない? 準備できたらすぐ呼ぶ」

「私、そばにいちゃダメ……?」

「別に構わないけど……」

「じゃあ、一人にさせないで……」


 やはり、あのホラー映画を見てショックを受けたみたいだ。

 霞沢はお風呂の準備をする時も、お風呂に入る時も、そしてお風呂から上がる時も俺のそばを離れようとしなかった。それに俺の左腕は霞沢専用なのかと思うほど、彼女は朝日が昇るまで俺の腕を離してくれなかった。ずっとそのまま———。


「…………っ」


 およそ六時間以上か、腕が痺れる……。

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