25 サイコロ②

 俺は死ぬ時までりおに感謝しないといけない。

 もしりおがいなかったら今の生活もできなかったはず。だから、いつもお前に感謝している。ずっと空っぽだった俺の心を満たしてくれる存在が今はすぐそばにいるから、俺はあいちゃんと一緒にいる時が一番幸せだ。こんなに可愛い女の子が私の彼女ですごく嬉しい、そしてみんなに自慢したいほどあいちゃんのことが好きだった。


「ううん……。直人くん、息苦しい……」

「あいちゃん……好きだよ」

「へへっ……」

「てか、今日気持ちよさそうに見えるけど……何かあった?」

「そうかな? 別に何もないけど……。あっ! そろそろ教室に戻らないと……」

「そうだね」


 くっついたまま離れたくなかったけど、別のクラスだから仕方がなかった。

 りおはいいな。すぐ隣席があいちゃんで……。


「おっ! 北川くん! 今日は遅いね〜」

「…………み、みんなおはよう」

「うわっ、北川くん大丈夫? クマやばくね……?」

「あ……、ただの寝不足だから……気にしなくてもいい」

「ええ……。日曜日はゲームもしてないのに、一体一人で何をしたんだ」

「別に……何もしてないけど、コーヒー飲みすぎたかもしれない」

「おいおい……バカか」


 でも、一つ気になることがあるっていうか……。

 首にできたあのあざはなんだろう……? 痛そうに見えるのもあるけど、あれはなんっていうか……誰かに噛まれたような気がする。それに……真っ赤なその痕はもしかして……あれかな? あのりおが、あれを? そんなわけねえだろ……。


 それでも気になる。


「りお、その首どうした?」

「あ……これ……」


 そのタイミングでチャイムが鳴いた。


「あっ、入らないと……。お前も早く戻れ」

「仕方ねえな」

「バイバイ、直人くん」

「うん!」


 そして教室に入ると、土曜日のことで落ち込んでいる井原が机に突っ伏していた。

 友達としてなんか言ってあげたかったけど、このままじゃ無理だよな……。

 それにしてもこんなに可愛い女の子のどこが気に入らなかったんだろう……? りお、マジで見る目ないな……。


 二人の間にはしばらく静寂が流れていた。


「あのさ。井原、大丈夫か?」

「西崎くん……」

「いやいや……、起こしてごめん。もしかして、泣いてたのか……?」

「ちょっとだけ……」

「なんかごめん……。でも、次は……」

「ううん……。私はもういいよ……。北川くんのこと、諦めることにした」

「いや! チャンスはまだあるのに、どうしてすぐ諦めるんだ……! 井原」

「ううん。もういいよ」


 いやいや、どうしてそうなるんだ……。

 でも、井原の目はすでにりおのことを諦めたように見えた。そしてりおならきっと井原のことを気に入ってくれると思ってたのに……、そこは俺のミスだったかもしれない。もうちょっとりおのことを考えるべきだった。


「ところで、井原……りおの首について何か知らない?」

「うん? 首……あっ、それなら……」

「誰かと喧嘩したのか? あざがすごかったぞ」

「…………私が、つい噛んじゃって……。ムカついたから……」

「えっ? りおの首を? 噛んじゃった……?」

「うん……」

「あははっ」

「ど、どうして笑うの?」

「いやいや、可愛いっていうか。井原らしくて、つい……」

「笑わないで! ふん!」


 そっか、首を噛んだのは井原だったのか……。

 それにしても、井原があんな風に首を噛むなんて……ちょっとエロいかも。そして女の子に首を噛まれた後、キスマークまでつけられたのに、その格好で堂々と学校に来るのかよ。りおもある意味ですごいな……。


「それにしてもりおの首すごかったぞ。あははっ」

「もう……」


 確かにりおは周りの視線に気にしてないから、そんなことができるかもしれない。


「…………」


 俺も……やってみたいな。

 でも、あいちゃんはそんなこと好きじゃないって言ったから、こういう時はりおのことが羨ましくなる。本当に———。


 ……


 そして休み時間。


「ぷっ」

「なんで、笑うんだ。直人」

「いや、お前の首……めっちゃエロいじゃん」

「はあ……、またその話かよ」

「北川くんのエッチ! ふふっ」

「…………」


 そばから笑い出すあいちゃんも、りおのことをからかっていた。


「…………おい、二人とも!」


 そして、そんなりおを見て首を傾げる京子。


「どうした? 井原」

「いや……、なんでもない」

「…………」


 井原の顔が、前と違う。

 結局、このまま二人は結ばれないのか……?

 りおも井原と幸せになってほしいのに、どうしてお前は中学生の頃よりも消極的になったんだ。変わろうとしない人にはチャンスなど来ないぞ。俺がいなかったら、お前はずっと一人で、この大切な高校生活を過ごすことになる。りお……。


「それ……本当に私がつけたキスマーク……?」


 一人で呟く京子はもっと大きくなったりおの傷痕に疑問を抱く。

 とはいえ、みんながいるところでそれを口に出すのは無理だった。


「…………」


 なんか、この雰囲気は嫌だな。

 前の井原ならもっと自分のことをアピールしたはずなのに、今のこの雰囲気はつまらない。俺はりおに恩返しをないといけない立場だから、なるべく井原がりおのことを諦めないでほしかった。


「…………」


 計算通りなら、井原はまだその気持ちを諦めてないはず……。

 俺は井原を信じることにした。


「そうだ! 北川くん! 私、家でこれ見つけたんだ〜」

「おっ、それ……昔よく見てたホラー映画のCDじゃん」

「そうそう。懐かしいから持ってきちゃったよ! 貸してあげようか?」

「懐かしいな……。本当? ありがと……」

「ふふっ」


 それ、俺は知らない。


「暇な時に見ようか……。あれ、けっこう好きだったからな」

「北川くんはホラー好きだったもんね?」

「だな」


 やはり予想が外れるのは嫌だ。

 次は何が出るのか……それが予想できないのが一番怖い。サイコロみたいなその確率が、俺を苦しめている。だから、俺はもっと確実な方法を使って、そこに辿り着く必要があった。


「京子はどう? ホラー好き?」

「わ、私は苦手……」

「井原ってホラー苦手だったんだ」

「うん……」

「可愛いね。京子」


 俺の物が、ずっと俺を離れないように———。

 幸せはそこにいる。

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