23 届かないところにあるもの②

 久しぶりに霞沢の夢を見た。

 正確にはあの頃の夢……、それは今よりもっと二人っきりの時間が多かった時のこと。恥ずかしいことを言いながら、毎日くっついていた時のこと。二人しかいない世界で生きたいって、無茶なことを言った時のこと。懐かしくて……、すぐ涙が出そうだ。でも、君は親友の彼女になってしまって……。それだけはどうしても忘れられないことだった。どうしても———。


「……っ」


 ベッドで涙を流すりお。

 その涙をそばにいるあいが拭いてあげた。


「えっ? まだ夢の中……? なんで、霞沢がここにいるんだ……?」

「おはよう。りおくん、悪い夢でも見たのかな?」

「いや……、ちょっと昔の夢を見ただけ」

「そうなの? 今日は日曜日だし、もうちょっと寝よう」

「いや……、それよりいつうちに来たんだ?」

「夜の十時頃かな? りおくん、寝てたから起こすのもあれだし。私も疲れたからお風呂に入った後、すぐりおくんのそばで寝ちゃったよ」

「そ、そばで……?」

「そうだよ。それより……りおくん、離してくれないと私動けないから……」


 そういえば、先から温かくて気持ちいい感触が感じられた。

 目を合わせる霞沢、俺はずっと彼女の体を抱きしめていたのか……? 子供頃にはずっとこうだったけど、今は二人とも高校生だからもっと気をつけるべきだった。そして今のは俺のせいだから何も言えない。でも、霞沢はどうしてそんな顔をしてるんだろう。その顔の意味が分からない、どうして笑っているんだ……?


「ふふっ」


 この感情を忘れたい。

 でも、そう簡単に忘れない自分が一番憎かった。


「ごめん、霞沢」

「気にしなくてもいいよ。なんか、あの頃みたいで……私も気持ちよかった」

「てか、来る時には連絡くらいしろ。俺床で寝ても構わないから……今みたいな状況はよくないぞ」

「なんで……? 寝てる間にずっとあいって、私の名前を呼んだくせに……今更?」

「そ、そんなことしてない……!」

「したよ? 私にはちゃんと聞こえたからね? すっごく可愛かった。ふふっ」

「朝からからかうのはやめてくれ……」

「へへっ。まさか、朝まで離してくれないとは思わなかったよ。りおくんのエッチ」

「……うるさい」


 そして、霞沢の白いシャツに気づく。


「そういえば、霞沢。服はどうした?」

「あっ! そうだよ。昨日服借りていい?って聞きたかったけど、りおくん寝てたから……。勝手に借りちゃった。えへっ」

「いや、下の方を聞いている」

「下の方なら、はいてないよ?」

「ん?」


 そう言ってから笑みを浮かべるあいに、ため息をつくりおだった。


「どうしたの? 幼い頃から私の裸……飽きるほど見たでしょ? ええ……今更恥ずかしいの? 私、今は裸でもないのに……」

「いや……、あの頃と今は違うって!」


 シャツが大きくてギリギリ霞沢のパンツは見えなかったけど、この状況……マジありえない。

 バカかよ。


「女の子が異性の友達に堂々とパンツを見せるこの状況を、俺はどう受け入れればいいんだ……?」

「りおくんのエッチ……」

「とにかく、服着ろ……!」

「嫌です〜。お腹すいたから、朝ご飯食べた〜い!」

「くっつくなぁ……。霞沢!」

「えへへっ……、りおくんをからかうのが一番楽しい〜!」

「はあ……」


 そして、洗面所の前で歯磨きをする二人だった。

 朝からなんだろう……。

 それより、昨日井原に噛まれたところがまだ痛い。女子は本当に難しい、いきなりそんなことを言われると、どうしたらいいのか分からなくなる。それは霞沢も一緒だから……、俺は毎日が大変なんだよ……。


「…………」


 ぼーっとして自分の首を見つめていた。


「……っ」


 すると、そばからこっそり手を握る霞沢。

 俺の手が止まった。


 マジで……こういうのはよくないって。


 ……


「私、手伝うから!」

「手伝うって言ってる人がそんな格好をしてんのかよ……」

「なんで? 昔はお風呂も一緒に入ったんでしょ?」

「な、なんで今そんなことを言うんだよ! 霞沢!」

「へへ。りおくん、顔真っ赤〜」


 朝から疲れた。

 それに霞沢のこと……どんどん分からなくなる。


「ふふっ♡」


 おい……「手伝う」って言ったくせに、後ろから抱きつくのかよ。

 少しは俺の立場を考えてほしいけど……、そんなことができたら俺も悩んだりしないよな。


 そのまま朝ご飯を作る二人だった。


「ねえ、りおくん。私聞きたいことがあるけど」

「何……?」

「首に見たことがない傷ができたけど、何かあった?」

「あっ、これは……。別に何も……」


 多分井原が残した傷痕のことだろ……。

 その目を見るとすぐ緊張してしまうから、つい霞沢から目を逸らしまった。


「ふーん。そうなんだ」


 持っていた包丁をまな板に下ろして、りおの方を見つめるあい。


「うん。気にしなくてもいいよ。すぐ消えるはずだから」

「うん。すぐ消えるよね……」


 そう言ってから、俺にキスをする霞沢。

 またか……? それはあっという間だった。

 みそ汁を作っていた俺は後ろにある冷蔵庫に押し付けられて、霞沢と長いキスをした。朝から……霞沢に攻められて何もできない。持っていたオタマは床に落として、そのまま止まらない霞沢と二十分くらいくっついていた。


「はあ……、りおくんは昔から嘘つくのが下手だったよ。私は、その顔を見るとすぐ分かる」

「…………そっか」

「そうだよ。でも、りおくんが言った通り……すぐ消えるかもしれない。だから、私も……」

「えっ? 何をする気だ? 霞沢? えっ?」

「シーッ。静かに……」


 あいは人差し指でりおの唇をギュッと押してから、彼の首を噛む。


「うっ!」


 昨日井原に噛まれたところをまた噛まれるなんて……、痛すぎる……。

 いきなりどうしたんだよ。霞沢も……。


「…………ちょ、ちょっと霞沢……。痛いよ……」

「…………」

「はあ……」

「ううん……♡。気持ちいい———」

「何が……気持ちいいんだよ。霞沢……」

「当ててみ♡」

「…………」


 笑みを浮かべる霞沢の顔は本当に気持ちよさそうに見えた。

 そして当たり前のように俺を抱きしめる……。


「ひひっ♡」

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