19 混乱②

「待たせてごめんね……。スマホをどっかに落としちゃって……」

「あいちゃんだぁ———!」

「直人くんも京子もごめんね〜」

「いいよ。気にしない、気にしない〜」


 私はこの状況でどうすればいいの……?

 誰も、それを教えてくれなかった。

 さっき私が見たのは友達同士でやってはいけないこと。あいちゃんと北川くんの間であったことを、私は沈黙した方がいいのかな……? せっかくいい友達ができたのに……私はこの関係を崩したくなかった。どっちを選んでも苦しくなるのは変わらないから、いっそ……このままじっとした方がみんなのためだと思っていた……。


 それにしてもキ……、キスだなんて。

 私たち、まだ高校生なのに……。


「ばら……」

「………」

「井原?」

「えっ? あっ、うん! どうしたの?」

「いや、りおから返事きた?」

「ご、ごめん。まだ来てない……」


 それから五分くらい、私たちはまだ来てない北川くんを待っていた。

 何をしてるのかな……? 二人が話している間に、こっそりラ○ンを送ってみたけど、やはり私のラ〇ンには返事してくれなかった。もしかして、私が覗いていたのを北川くんにバレたのかな……? すぐその場を離れたけど、なぜか不安を感じる。


「みんな! 待たせて、ごめん」

「おい! 遅い! 遅すぎる! りお!」

「あははっ……」

「お前、顔どうした? 誰かと喧嘩したのか?」

「いや……、ちょっと階段を上る時にさ……。転んじゃって……」

「バカかよ。りお……」

「はいはい。そろそろ行こう」


 ……


 顔の傷がすごく気になるけど、私は何も言わなかった。

 そのままみんなと、北川くんの家に向かうだけ。


「おお! 俺は来たことないけど、いいな! りおの部屋」

「おい! 部屋に入るな!」

「いいだろ〜? あっ! もしかして、なんか隠してんのか!」

「…………」

「そうだよ〜。北川くん、何か隠してんの?」


 二人とも北川くんをからかうのが上手い……。


「あ、そうだ。井原知ってる?」

「なになに?」

「りお、中学生の頃に———」

「おい! 直人! 井原に何を言うつもりだ!!」

「気になる!」

「ええ、いいじゃん。エロ本見ただけだろ?」

「…………エ、エロ本?」

「井原、それは嘘だ! 俺はそんなの持ってないからな! それより直人! 変なこと言うな!!」

「あはははっ」


 北川くんは意外と……あんなこと好きだったんだ……。


「いやいやいや、井原……直人の話を信じるな! ちゃう!」

「あっ、う、うん!!」


 それからみんなと一緒に美味しいものを食べた。

 私は今まで誰かとこんな風に話したり、誰かと美味しいものを食べたりしたことがないから、この時間がとても幸せだった。もし……、私があれを見なかったらもっと楽しい時間を送ったかもしれない。それに、みんな笑っているから私も……笑うしかなかった。私はわけ分からないこの気持ちを抑えて、雰囲気に乗る。


 そうするしかなかった。


「なんか、アイス食べたいけど〜」

「アイスあるよ。冷蔵庫に」

「本当に? やったぁ!」

「行こう行こう!」


 そう言ってからすぐ冷蔵庫まで走る二人だった。


「全く、子供じゃあるまいし。あっ、井原。これ食べてみて、甘いから」

「果物がいっぱい……、食べていい?」

「もちろん……」


 ケーキや果物、そしてクッキーをいっぱい食べて、つい笑みを浮かべてしまう。

 北川くん、優しい。

 それにあいちゃんが西崎くんのそばに座っていたから、私もそれが羨ましくて北川くんのそばに座ってしまった。肩が触れそうな近い距離で、一緒に美味しいのを食べている……。甘いものも北川くんも……、すっごく好き……。


「カラオケも行きたかったけど、もう動く力ない……」

「今日、みんなカラオケに行ったから……絶対人多いはず……」

「なあ、りお。俺、どうやって家に帰るんだ……」

「救急車呼んでやる」

「いや、そういう時は普通にタクシーだろ……?」

「でも、そろそろ行かないと……。時間遅いし」

「だな。あいちゃん、行こうか? 井原はりおが送ってやれ!」

「まあ、分かった。帰り道、気をつけろよ」

「オッケー」


 そして、私は北川くんに嘘をついた……。


「井原、すぐ帰るんだろ?」

「私……、お母さんが迎えに来るから……。さっき連絡あったよ」

「へえ……、そうなんだ。じゃあ、井原のお母さんが来る前までうちでゆっくりしていいよ」

「あ、ありがと……」

「俺……直人のせいで精神的に疲れちゃったからさ……、ちょっとだけ仮寝をしていい? もし、寝てる間に迎えに来たらそのまま帰っていいよ」

「う、うん! でも、帰る時にはちゃんと起こしてあげるから! 心配しないで」

「うん……。ありがと」


 私はそのそばにいたかったから北川くんには悪いけど、彼のそばを離れなかった。

 じっとして、可愛いその寝顔を見つめる。

 それがとても幸せだった。


「…………」


 じっと見つめていた。

 学校の裏側で、こっそり……あいちゃんとキスをした北川くんの唇を。


「…………」


 私も……変だよ。

 学校であんなことを見て、ずっと悩んでいたくせに……。どうして私もそんな悪いことがやりたくなったのかな……? 二人がどんな関係なのか分からないけど、あいちゃん一人だけあんなことをするのはずるい。私もやりたい……。


 私も……。

 北川くんとキスがしたい。


「…………」


 静寂が流れる部屋で、「チュー」と小さい音が聞こえる。

 私は唇を重ねたままじっとしていた。

 ドキドキしすぎて、息ができない……。


「…………っ」


 私もやっちゃった……。北川くんと……。


「い、井原……?」

「えっ? あ! い、今お母さん来たから……」

「そっか……。ごめん、俺どれくらい寝てた?」

「一時間くらいかな?」

「あっ、ごめん。井原……。あっ、そうだ。早く行け……、待たせるのはよくないから」

「うん……!」


 バレてない。北川くんにバレてない……。


「はあ……。心臓がすごくドキドキ……してる……」


 ……


 京子が帰った後、りおはぼーっとしてソファに横たわる。


「あれ……? なんだろう。唇に変な感触が残ってるような……。気のせいか?」


 唇を触るりお。

 その指先についている京子の赤いリップに、彼は全然気づいていなかった。


「……なんだろう。まあ、いっか。疲れたし、もうちょっと寝たい……」

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