16 体育祭④

「いや〜。二人三脚、懐かしいな〜」

「西崎くん! 私頑張るから!」

「よっし、また一位狙ってみようか!」

「おう!」


 テンション高い二人と何も言わずに準備をする俺たち、そばにいる霞沢が足首を結んでくれた。これは二人でやる種目だから、頑張ってみるとあの二人に勝てるかもしれない。負けっぱなしじゃ気が済まないから……、今度こそあいつに勝ちたかった。


「これでいいかな……?」

「うん。ありがとう。霞沢」

「二人でこんなことをするのも久しぶりだね?」

「うん。あの頃の霞沢はめっちゃ遅かったからな……いつも最下位だったよ」

「うるさいよ……もう」

「冗談」


 体をくっつけてくる霞沢にビクッとした。

 そうだ。これは二人三脚だから……くっつくのが普通だよな。あれがあってから体が先に反応してしまう。それは忘れようとしても体がそれを覚えてるってことだ。なぜか、ドキドキする。緊張しすぎて、すごくドキドキする……。


 直人が隣にいるのにな。


「…………」

「北川くん、私頑張るからね?」

「うん。勝ってみよう……」


 そしてホイッスルの音とともに、二人三脚が始まる。


「な、なんだ……?」


 音が響いてから三分。

 調子を合わせてどんどん差を作るりおとあいに、直人が焦る。


「くっそ……!」

「…………」

「井原、もうちょっと……!」

「えっ! あっ、うん!!」


 あれ……? 意外といけそうじゃん。

 霞沢って元々こうだったのか……? 違うはず、昔はもっと……下手くそだったと思う。それでもあの二人に勝てるなら理由などどうでもいい。今は霞沢と一位を取るだけだ。俺は昔からずっと直人に負けっぱなしだったから、チャンスは今しかないと思っていた……。直人はいつも俺の前にいたから———。


「はあ……!」


 へえ、誰かに勝つのはこんな気分なんだ……。


「いけそう! 霞沢! 速い! 速いぞ!」

「うん! りおくん! 楽しい! 私、今めっちゃ楽しいよ! このまま行こう!」

「おう!」


 一、二。

 また一、二。

 息を吐き出す俺たちの前に、いつの間にかゴールが見えてきた。


「もう少しだよ! りおくん!」

「うん!」


 後ろから精一杯走っている直人と京子。

 それでもあの二人との差は縮まらなかった。

 二位と三位の差より一位と二位の差がもっと大きくて、直人の顔色もどんどん悪くなる。そして、直人はそんなりおの背中を見つめながら歯を食いしばった。


「くっそ……」

「えっ……」


 ……


「ゴール!」


 これは夢なのか……? 俺は初めて直人に勝った。

 スポーツもゲームもいつも俺より上手かった直人が今後ろから追いかけている。直人は昔からずっと誰にも負けないイメージで、みんなの憧れで、なんでもできるそんな人だった。どうやって俺があいつの友達になったのかはいまだによく分からない。俺がそこにいた時、直人は中学校でよく知られている人気者だった。


 要するに、レベルが違う人。


 転校する前まで俺が直人に勝てるのは勉強くらいだった。でも、あいつは俺と五本指に入るほど頭がいいやつだからな……。それに直人のやつ勉強もしないくせに、いつも成績上位者を維持してる。だから、俺はあんな人が世の中にいるのが一番不思議だと思っていた。


「一位! やったぁ!」

「お、おう! お、おかげで……! 一位取ったぞ! あい!」

「えっ?」

「あっ……」


 あっ、喜びすぎて……つい昔の呼び方で呼んでしまった……。


「えっ! 何それ!」

「いや……、これは……ごめん」

「ふふっ。へえ〜。そうなんだ〜」


 なんで……そんなことを言ったんだ。俺は……。

 それより霞沢、なんか嬉しそうに見えるけど……?


「はあ……、はあ……」


 そして後ろから直人と井原が走ってくる。


「よっ、勝ったぞ」

「…………まあ」

「お前、大丈夫か? 顔やばいぞ」

「ちょっと疲れてるだけ」

「これ、イオン飲料」

「うん」


 なんか、あいつに勝ってスッキリした。

 ただの二人三脚なのにそんなに喜ぶのかと俺もそう思ってるけど、俺の中にいる直人はなんでもできる人だから……。こういう時に勝っておかないとまたいつ勝てるのか分からない。それに、先のその顔を見て多少のイラつきもあったし。


「…………」

「京子? どうしたの? そんな顔をして……」


 息を整える京子に声をかけるあい。


「ううん……。なんでもない! 走るのがつらくてね……」

「そうだよね。運動場広いし」

「うん……」


 それから口数が減ってしまったっていうか、すぐそばに霞沢がいるのになぜかじっとしている。どうせ、何かあったら霞沢が解決するはずだから。俺が心配することではない。今は席に座って、向こうの景色を眺めるだけだ。


 すると、ため息をつく井原が隣の席に座る。


「井原……? どうした?」

「負けちゃって……、ちょっと」

「ええ……、気にしなくてもいいよ。ただの体育祭だろ?」

「そうかな? なんか、私のせいで勝てなかった気がして」

「ああ……、直人のことか。あいつ負けず嫌いだからな。もしかして、何か言われたのか?」

「ううん……。何も」

「そっか。あいつ普段はいいやつだけど、ゲームをする時は「絶対勝つ!」とか言ってるし。俺はもう慣れたけど、あんまり気にしない方がいいよ。癖みたいなもんだからさ」

「う、うん! ありがと! 北川くん!」

「ふっ」

「な、なんで笑うの……?」

「いやいや、ごめん。なんか井原は……明るくていい人だなと思って」

「そ、そうかな……?」

「いい人だよ。井原は……本当に」

「そ、そんなことない!」

「あははっ」


 そう。

 まるで、昔の君を見ているような気がする。

 明るくて……ずっと俺に。

 いや、今更何を考えてるんだ。


「…………暑いな……」

「そ、そうだよね」


 そして、じっとりおの方を見つめる京子だった。

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