15 体育祭③

「お疲れ、北川くん。惜しかったよ」

「…………うん。直人には一度も勝ったことないから一生懸命に走ったけど、やはりダメだった」

「ドンマイ!」

「どうだった? あいちゃん!」

「カッコよかったよ」

「ふふっ」


 障害物競走から戻ってきた俺たちにイオン飲料を渡す霞沢。

 ちらっと二人の方を見た俺は前髪を後ろに流してからイオン飲料に口をつけた。そう、中学生の時からずっと見てきたあの景色。明るい笑顔で話す二人を、俺はこの距離で見ていたよな……。


 そして、隣の席に座る井原。


「井原……?」

「お疲れ! 北川くん!」

「ありがと。てか、井原はどうしてここに……?」

「すぐ隣でしょ! それに、私……クラスに友達いないから!」

「ええ、そうだったんだ」


 井原とは友達になったけど、二人しかいない時は話が途切れる。

 そもそも俺は面白い人じゃないから井原と何を話せばいいのかよく分からない。それでも井原は廊下を歩く時とか、直人と教室に来る時とか、ずっと俺に話をかけてくれたから……。そんなことができるのが俺にはちょっと不思議だった。


「…………」


 とはいえ、本当に言えることないし……。

 運動場の人たちを眺めながら、俺はしばらく休んでいた。


「ねえ、北川くん……」

「うん。井原、どうした?」

「二人三脚までまだ時間あるから……人けのないところでゆっくりしない?」

「ううん……。じゃあ、行こうか。ここ人多くて、ちょうど静かなところに行きたいなと思ってた……」

「ふふっ、私いい場所知ってるよ!」

「おお! 頼む!」


 そして井原が言った「静かな場所」は俺たちが初めて長い話をしたあの場所、化学準備室だった。確かにここなら誰も来ないし、俺もゆっくりできそうだ。やる気を出すのもいいけど、今は直人と霞沢が二人っきりの時間を送ってほしくて席を外した。


「ここいいね〜」

「うん」

「そ、そういえば……北川くんって最近めっちゃ疲れてる顔してたけど! 何かあったのかな?」

「えっ?」


 確かに、この前もゾンビみたいって直人に言われたからな。

 俺の口で「霞沢のせい」って言うのもおかしいし……、適当でいっか。


「寝不足……、ゲームやりすぎて」

「へえ。でも、夜遅くまでゲームをするのはダメだよ! 体調壊すから!」

「だよな。じゃあ、井原はどうだ? 普段は何をやってる? 俺は男だから女の子が普段何するのか全然分からない」

「えっ! わ、私は……。わ、私は…………」

「言いたくないなら言わなくてもいいよ。ただ、話がしたかっただけだから」


 井原も俺によく声をかけてくれたから、俺も井原といろいろ話したかった……。

 こうやって誰かと話したら、きっと頭の中にある雑念も消えるんだろう。それに今日は打ち上げパーティーもあるしな。


「私はね! えっと……。普段は妹と一緒に遊ぶくらいで、それ以外はほとんど勉強とかショッピングかも」

「へえ……、ショッピングいいな。カスッ———じゃなくて、女の子はショッピング好きだよな。俺は服とか……、あんまり買わないな。なんか難しいし、ネットで検索しないと……何を買えばいいのか分からなくなる」

「あははっ、そうだったんだ。意外と可愛いところあるね! 北川くんは」

「そ、そうか……? そう言われるとちょっと恥ずかしくなるけど……」

「いいじゃん。いいじゃん〜」


 そういえば、俺は転校してきてから……ずっと友達を作ってなかったよな。

 どうしてだろう。それだけじゃなかったような気がするけど、どうしてこんな簡単なことさえ俺はやろうとしてなかったんだろう……?


 誰かと話すのはこんなに楽しいのに、どうしてだろう?


「ねえ、北川くんは……その西崎くんと仲がいいよね?」

「そうだけど?」

「西崎くんとあいちゃん……お似合いのカップルだから、どうやって付き合ったのか聞いてみてもいい……? ちょっとき、気になるっていうか……」

「あっ、ごめん……。それは———」

「や! やっぱりダメだよね! ごめんね。変なことを聞いて」

「いや、それじゃなくて……」

「うん?」

「それだけは……なぜか覚えていないから、どうやって付き合ったのかは言えない。言いたくないじゃなくて、言えない。覚えていないからさ」

「へえ……そうなんだ。確かに、それは二人のことだから知らない方が普通だよね? 私の聞き方が悪かった。ごめんね」

「いや……」


 あの二人は……いつから……、思い出せない。

 二人の間に何か起こったのは覚えているけど、それ以上のことは頭の中から消えてしまった。なぜか、そんな気がする。窓の外を眺めると、笑いながら話している二人が見える。俺もどうしてそれを思い出せないのかは分からない。まるで、リセットしたみたいだ。あの部分だけ———消えてしまった。


 そういえば、俺はいつからあれを気にしないようにしたんだろう。


「あっ、そろそろ二人三脚!」

「時間早いな……」

「だよね〜」

「行くか?」

「うん!!」


 まあ、そんなこと……いつか思い出せるんだろう。

 だから、今しかできないことをしよう。それだけ。


「あっ! 北川くん! こっちだよ!」

「…………」


 向こうから俺の名前を呼ぶ霞沢とそのそばで手を振る直人。


「勝負だよ! 北川くん!」

「えっ、井原も?」

「うん! ふふっ! 体育祭だからね!」

「そうだな」


 井原はいいな。

 いつも明るいから悩みとかなさそうに見える。

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