三、体育祭のこと

13 体育祭

「ふふっ♪」

「なんか、気分良さそうに見えるけど……。霞沢」

「そろそろ体育祭だからね! ワクワクする!」

「へえ……。霞沢、体育祭好きだったっけ」

「うん。テンション上がる!」


 もう体育祭の時期か、確かにそっちよりこっちの方が人数多いからな。

 あの頃はみんなと体育祭を楽しんだから……その楽しさを俺はまだ覚えている。それに今年はあの二人が転校してきたから、なんかやってみないなと思っていた。運動神経のいい直人には敵わないけど、それでもこのままじゃダメって気がして、今年は頑張ってみることにした。


 そう、今年はリレーだ! クラス対抗リレー! 俺はそこで直人と勝負する!


「ううん……。これで残ったのは男女二人三脚だけ、誰か立候補しない?」

「…………ん?」

「い、委員長! リレーは?」

「リレーは人気ある種目だから、すでに終わったよ」

「ま、まじ……?」


 そして隣にいる霞沢が手を挙げた。


「うん。霞沢さん」

「私、二人三脚したい!」

「パートナーは?」

「北川くんで!」

「オッケー。じゃあ、男女二人三脚は霞沢あいと北川りおにして。うん、これで終わり!」

「委員長? ちょ、ちょっと……!」

「はい〜。みんな解散〜。私は職員室に行くから」

「…………」


 えっ……? 委員長、俺の意見は? 無視?

 普通なら俺の意見も聞くべきじゃないのか、そのまま職員室に行くなんて……ひどいな。今年のリレーはぼーっとしていた俺のせいで、そのまま終わってしまった。その代わりに霞沢と男女二人三脚をすることになったけど……、なんで残ってるのがそれだけなんだよ……。せっかく、やる気を出したのに。


「ふふっ、楽しみだね? りおくん……」

「…………」


 知らない人と何かをすることより、霞沢の方がいいかもしれないと思うけど……。

 なんだそのドヤ顔は……!


 ……


 そして昼休み———。


「ええ……、北川くんは霞沢さんと二人三脚をするんだ……」

「まあ、二人が来なかったら昨年のように後ろでぼーっとしたはず……。それにしてもせっかくやる気を出したのに、それしか残ってなかったからな。リレー……やりたかったぁ」

「あ! 私、知ってるよ! 一年生の時、北川くんぼーっとしててそのまま帰ったよね?」

「なんで、井原がそんなことを知ってるんだよぉ」

「ずっと見ていたから! ふふっ」

「…………」


 隣でくすくすと笑う直人。

 何か言いたそうな顔をしてるけど、手のひらで背中を叩くだけだった。ふと思い出すあの夜の記憶、霞沢とあったことはなかったことにできない。だから、俺はあの時のことを無視することにした。今、直人の顔を見ると……。いや、こいつの隣に座ってるだけで不安を感じてしまう。


「りお?」

「えっ? あ、うん……」

「俺も男女二人三脚に出るから、勝負だな!」

「え……そう? お前、パートナーは?」

「私だよ!」

「俺たちの力見せてやる!」

「なんだ。その馬鹿馬鹿しいセリフは……」


 そっか、井原だったのか……。

 あの時、俺は直人のそばから微笑む霞沢を見て、やはり女子って怖いなと思ってしまう。彼女は何もなかったように、普通を演じていた。ずっと不安に怯えている俺と違って、余裕がある……。


「ああ、やっと体育祭か! 楽しみだな。田舎の学校は人が少なかったから」

「だな」

「てか、体育祭の後……打ち上げパーティーしない? 四人で」

「まあ、一応考えてみる」

「私! 行きたい!」

「井原行くのか!」

「うん! みんな行くよね? 霞沢さんも!」

「えっ? 私? 私は……」


 ちらっと、りおの方を見るあいだった。


「う、うん……。私も行く……」

「やった!」

「りお、どうする? みんな行くって言ったぞ?」

「…………もうちょっと考えてみ……たいけど……」


 三人の視線がこっちに集まる。

 仕方ないな。みんな行くって言ったし。別に嫌いとかじゃないけど、直人がそこにいるとずっと不安のままだから、それがちょっと……。でも、あの二人と遊ぶのも久しぶりだし、ここは「行く」って言うしかない状況だ。


「分かった……」

「よっしゃ! そして、場所はりおの部屋にしよう! みんな文句ないよな!」

「オッケーだよ!」

「私も、北川くんの部屋ならするかも? 体育祭の後に人が多いところはちょっと……」

「だよな? りおの部屋が一番楽だからさ! 頼むぞ! りお!」

「好きにしろ……」


 ……


 お昼を食べた後、俺は一人で校内を歩いていた。

 悪いのは俺だから……忘れようとしてもあいつの顔を見ると、霞沢とのキスを思い出してしまう。それにしても霞沢があんなことをした理由はなんだろう……? 約束もなんだろう……? 歩きながらずっとそれを考えていた。でも、どこから間違ったのかすら俺は分からなかった。


 昔のことを思い出しても分からない。

 心のモヤモヤも分からない。


 そのままお茶を買う。


「はあ……、はあ……。き、北川く……ん!」

「うん……? 井原? どうした? 教室に戻ったんじゃなかったのか?」

「わ、私……」


 ここまで走ってきたのか、教室からけっこう距離あると思うけど……。

 正反対だしな。


「うん。あっ、お茶飲む? まだ飲んでないけど」

「あ、ありがと!」


 隣のベンチでお茶を飲む井原が「ふう」と息を吐いた。

 なんか、緊張してるように見えるけど……大丈夫かな。


「あの! わ……私ね。話したいことがあって!」

「うん。なんだ?」

「打ち上げパーティーに行く前に。ここで……、待ってくれない?」

「うん? ここで? どうして?」

「今は言えない……。だから、私と約束してくれない……? 体育祭が終わった後、すぐここに来るって」

「うちに行く前に、ここで話したいことがあるってことかな?」

「うん……」

「分かった。じゃあ、体育祭が終わったらここで会おう。もし、ここにいなかったら電話とかして」

「うん! 分かった!」


 いきなり、約束か。井原が言いたいのはなんだろう……。

 でも、今は言えないって言ったから体育祭が終わるまで待つしかないよな。


「北川くん……」

「うん?」

「これ、北川くんが飲もうとしたお茶だよね? ごめん……」

「いいよ。気にしなくても」

「まだ残ってるけど、飲む……?」

「じゃあ、ちょっとだけ」

「…………うん!」


 ちょっと待って……!

 あれに気にしすぎて、うっかりしていた……。これは……。


「わ、私! 戻るから! 邪魔してごめんね! 北川くん!!」

「あっ、うん……」


 俺、井原の飲みかけのお茶に口をつけちゃった……。

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