11 彼女②

 都内の夜、ここは田舎と違ってみんなざわざわしている。

 夜になるとあちこちから見える建物の光とか、街のネオンサインとか、田舎ではなかなか見られない景色だった。そして毎晩、俺はそんな景色を眺めながら一人で勉強をする。何もない人生、俺にできるのは今を生きるだけ。空っぽだった。でも、くだらないと思っていた俺の人生にも楽しみと言えるのはあったと思う。それは引っ越してきたあの日、直人が送ったラ〇ンから始まったチームFPSゲームだった。


 それからほぼ毎日……やってたよな。

 そう、俺は都内に来たもこんな日常を過ごしている。あの時と一緒だ。


「…………暇だな」


 ゲームをしない時は本当に暇だった。

 それ以外は何もやってないから、たまに映画を見たり本を読んだりするだけだ。でも、どうして今の俺は楽しくなれないんだろう……? それだけはどうしても分からないことだった。面白いのを見ても、ゲームで勝っても……、俺は直人みたいに喜べない。何をすればテンションが上がるんだろう? 分からない。


「あっ、そういえば夜ご飯まだだったな……」


 夕飯を作るために部屋を出る。

 そしてそこには霞沢が立っていた。


「また……来ちゃったよ」

「…………」

「私がいると、邪魔……?」

「別に……。今日はどうしたんだ? 直人とショッピングしたって聞いたけど」

「うん。全然楽しくなかったよ。だから、ここに来たの」


 あれ……、俺の聞き違い? 今、なんって……。


「座ってもいい?」

「うん」

「りおくん、今日は……何食べる?」

「まだ決めてないけど、霞沢はもう食べたのか?」

「ううん、食べてない。なんでもいいから作ってくれない?」

「分かった」


 とはいえ、食材もあんまり残ってないし……。

 またオムライスを作るしかないな……。


「…………」


 ご飯を炊いて、みそ汁やサラダなどを作る時……。

 後ろから俺に抱きつく霞沢が笑っていた。いや……、笑うのはどうでもいい。それより、いきなり抱きしめるのは良くないことだと思うけど……。それにだんだん力を入れる理由はなんだ……? 霞沢。


 今は冷静を取り戻さないと……。


「び、びっくりしたぁ……。くる時にはなんとか言え!」

「ええ、いいじゃん……。それに料理を作る時は愛情を込めて……ね?」

「うっ。いつの話なんだ……!」

「そうだよね……。でも、私が覚えているあの時の記憶は私にとってとても大切な記憶だから……忘れないよ?」

「そっか。確かに、あの頃はいろいろ楽しいことたくさんあったよな?」


 それは霞沢とままごとをした時によく言われた話……。

 確かに「姫様の料理には愛情を込めて!」とか……、思い出すだけで恥ずかしくなるそんな思い出だった。今はそれを思い出すだけで、罪悪感を感じるようになったけど。あの時は本当に楽しかったと思う。


「どうして……、こうなっちゃったのかな……?」

「うん? 何が? それより、離れてくれない? 動きづらいから……」

「もうちょっと……このままでいたい」

「うちにいる時はいいけど、外にいる時はやめてくれ」

「うん……」


 なぜか、はっきりと断れない。

 霞沢と距離を置くって自分に何度も繰り返していたけど、それは無理だった。今の俺にそんなことはできない。いっそ、ここにこなかったら……俺も霞沢のことを思い出せなかったはずなのに。霞沢が欲しがるのはなんだろう……。知りたいのはたくさんあるけど、沈黙した。


 そんな簡単なことさえ、俺は霞沢に聞けなかった。

 ただ、黙々と夕飯を作るだけ。


 ……


「ごちそうさま……」

「すぐ帰るんだろ? 霞沢さん、そろそろ仕事から帰ってくる時間だと思うけど?」

「うん……」


 なんか、元気なさそうに見えるけど……。

 今日二人でショッピングをした時に、何かあったのか……?

 でも、直人は何かあったらすぐ俺に相談するやつだから、その理由が分からなかった。


 井原「北川くん、今何してる?」


 いや、井原……こんなタイミングでラ〇ンを送るのか?

 それに俺のスマホがテーブルの上に置いていて、そばにいる霞沢がそのラ〇ンに気づいてしまう。


「へえ……、二人はこんな時間に連絡するんだ」

「あっ。まあ、せっかく友達になったし……。ラ〇ンくらいはいいと思って」

「ねえ、聞きたいことあるけど」

「うん?」

「今日、授業サボって二人っきりで何したの?」

「別に……何もしてない。ちょっと話をしただけ」

「ちょ…っと?」


 なんか霞沢に疑われてるような気がするけど、井原とは本当に話をしただけで、それ以上俺に言えるのは何もなかった。


「廊下で女の子を抱きしめたのがちょっと話をしただけ…なの?」

「それは誤解だ! 廊下に押しピンが落ちてて……」

「ねえ。りおくん」

「ど、どうした……?」

「この前の続き、やりたくない……? あの日はお母さんが来るのを知ってたから、冗談って言っちゃったけど……。実はもう少し……りおくんといたかったよ?」

「そ、それはちょっと……」

「井原とは間接キスしたでしょ……? もしかして、りおくんは井原とあんなことしたかったの? 私じゃなくて……」


 ダメだ。このままじゃやばいことが起こりそうだ。


「井原は……その、直人に紹介してもらったっていうか。あいつに彼女作った方がいいって言われてさ……」

「…………また」

「うん?」

「りおくん、目閉じて」

「えっ……? い、嫌だけど?」

「そう? 別に…目閉じなくてもできることだから……」

「うっ———」


 あれ……?

 なんか、すごく柔らかくて……温かい感触が唇に伝わるけど……。これはもしかして俺が知っているあれ…なのか?

 本当にあれなのか? あり得ない。


「はあ……」


 とんでもない展開にショックを受けて、そのまま体が固まってしまう。

 そして口の中に何かが入ってくるような……。


 やばすぎ———。


「…………私、りおくんならこれ以上のこともできるよ? りおくんはどこまでできるの……?」

「…………」

「ねえ、教えて……」


 耳元で囁く霞沢の冷たい声に、俺は何も言えなかった。

 本当に……口が動かなかった。


 そのまま静寂が流れる。


「うん……? 早く答えて、りおくん」

「ごめん。霞沢……、これ以上は本当にダメだから……。ごめん……」

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