二、変化
8 井原京子
「よっ! りお。連れてきたぞ」
「おはよう! 北川くん!」
「…………はあ?!」
まさか、本当に連れてくるとは思わなかった。
俺の前でニコニコしている彼女の名前は
今は別のクラスだからあんまり気にしてなかったけど、まさか……直人と仲良くなるとはな……。
こいつ、余計なことを……。
「そうだ。井原って今彼氏いないよね?」
「うん。今フリーです〜」
「りお、頑張れ!」
「なんでだよ……! 俺、井原と話したことないぞ……!」
直人にそう話したら、隣にいる井原が俺の腕を掴む。
「違う……、私は話したことあるけど……?」
「えっ? そうだった?」
「私、ちゃんと声かけたのに……。北川くんはぼーっとしてずっとうんうんと答えるだけだったよ」
「そう……? まあ、あの時はいろいろあったからな……。一人で悩む時間が多かったっていうか、ごめんね」
「……うん」
それより近いけど、井原も男との距離感がおかしい人だったのか?
それに直人が連れてきた人なのに、どうして俺のそばにいるんだろう……?
もしかして、モテ期? んなわけないよな……。
「きっかけは確かに元カレの話だったよな? 井原」
「そうそう……。相談に乗ってくれたのがきっかけになって仲良くなったよね? でも、西崎くん……女心全然知らないから役に立たなかったよ。あははっ」
「おい……! 井原!」
「あはははっ」
「あ、そうだ。そろそろあいちゃんが来るから、俺はこの辺で……」
「お、おい! 直人!」
「じゃな〜。頑張れ、りお!」
マジかよ、あの井原と二人っきりになってしまったけど……。
直人のやつ、余計なことしやがって……。
「ひひっ、よろしくぅ〜」
井原京子。確かに、その名前はちゃんと覚えている……。
一年生の時、同じクラスだったし。彼女は転校してきたばかりの俺に……いろいろ教えてくれた人だ……。でも、それは委員長としてやるべきことだと言ってくれたから、俺もそれについてはあんまり気にしていなかった。
俺にはただのクラスメイト、それだけ。
「ねえ、北川くん。まだ、時間あるし……。二人で校内歩いてみない? あの時みたいに」
「えっ? 今?」
「うん。今!」
……
いきなり、井原と校内を歩き回るこの展開はなんだろう……。
一応ついてきたけど、何これ……。
「なんか、懐かしいね〜」
「確かに、あの時はいろいろ教えてくれたよな……。この学校意外と広かったし。それに初めて学校に来た時、道迷っちゃってさ……」
「あはははっ、そうそう。北川くん、めっちゃ慌ててたよね? 私、遅刻する!って言ったのをまだ覚えてるよ」
ちらっと、りおの方を見る京子。
そして微笑む。
「急に恥ずかしくなった……」
「あははっ」
あの時の恥ずかしい記憶を思い出してしまった。
そして笑いながら俺を人けのないところに連れていく井原、ここは転校してきた時に教えてくれた化学準備室。普段は誰も来ないから、井原もたまにお昼を食べたりする場所だと言ってくれた。あの時、しつこく付き纏う男たちが面倒臭いって言ったのをまだ覚えている。でも、どうしてここに……? 用事とかあるのかな。
ガチャ……。
そして扉を閉じる井原に、俺はビクッとした。
「どうして? ここに……?」
「落ち着くっていうか……、私けっこう好きだよ? 化学準備室」
「そっか……」
「ねえ、北川くんは……私に興味あるの……?」
静かな化学準備室の中で、井原の言葉がはっきりと聞こえた。
「うん……? えっ?」
「あれ……? 違うの? 西崎くんがそう言ってくれたけど……、北川くんが私に興味あるって」
直人のやつ、まさか……井原に嘘をついたのか。
そういえば、今朝家を出る時「今日は絶対いいことが起こるはず!」って直人がラ〇ン送ってたよな。それがこれだったのか……? そして、俺……井原について何も言ってないのに、どこからそんな確信ができたんだよ。
二年生になってからは一度も話したこともない人だぞ……。
「えっと……、直人のやつ……普段からそんな風に言うからな……。俺……直人には恋愛相談とか女子の話とか、あんまりしないから……」
「えっ……? そ、そうなの……?」
「うん……」
彼女を作るのはいいことだけど、こんな風に作るのはよくないと思う。直人……。
それより、この雰囲気をどうすればいいんだ……。
「……そ、そ……そうなんだ……。西崎くんが冗談で言ったのを……、私は本当だと思って……。あ、あれ?」
頬を伝う京子の涙が、手の甲に落ちる。
「……えっ?」
いや、どうしてこうなるんだよぉ……。
おい、直人!! お前、正気かよ!
「……ご……ごめんね。変なところに連れてきて……、わ……私きっと北川くんが私に興味あると思って……。私もそうだったよって静かなところで言いたかっただかなのに……」
「あ。そ、そっか? それより泣かないで井原……」
「うっ……。ううぅ……」
「俺、ハンカチ持ってるから」
「あ、ありがと……」
なんで、よく知らない人にそんなことを言ったんだよ……! 直人……。
俺は何もやってないのに、事実を言っただけで井原を泣かせてしまった。それにしても、井原って意外と弱い人だったんだ……。てっきり、性格の強い人だと思ってたのに、すぐ泣き出す彼女を見て俺はどうしたらいいのか分からなくなった。
仕方がなく、井原が落ち着くまで待つことにした。
「…………ううぅ、ごめんね」
そして泣き止んだ井原が俺の手首を掴む。
「い、井原……? 大丈夫?」
「もう少し……、このままいたいけど……。ダメかな?」
「授業はどうする? サボるつもり?」
「知らない……。今は北川くんとここにいたい、それだけだよ」
「そっか。井原がそうしたいなら、そうしよう」
「うん……」
涙ぐみながら話している井原を見て、俺は教室に戻れなかった。
てか、井原は俺なんかと一緒にいてもいいのか……?
一方、教室の中———。
「あれ? 北川くんは……?」
「北川なら、さっき井原と一緒に教室出たけど」
「井原……? 誰……?」
「隣クラスの可愛い女の子」
「そう?」
ちらっと、りおの席を見るあいがすぐ教室を出る。
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