7 俺の立場②

「ごめんね……。いきなり電話して……」

「いいよ。一人じゃ怖いんだろ? 霞沢」

「うん……。真っ暗は嫌……」


 俺もこういう状況に慣れてるから、文句を言ったりしない。

 霞沢は幼い頃から雷の音や真っ黒なところが大嫌いだったからな。実際そんなことが起こると今日みたいになる。でも、それはあくまで幼い頃の話……。今は直人がそばいるから、俺には絶対連絡しないと思っていた……。


 それにしても、高校生なのにまだ雷が怖いだなんて……。


「えっと、霞沢……? そんなにくっつくと動きづらいんだけど……」

「…………うん」

「本当に、あの頃と一緒だ。雷の音にビビるなんて……」

「むっ! うるさい……! 早く髪拭いて!」

「はいはい……」


 それより、この雨はいつ止むんだろう……。

 そろそろ夜十時になるけど……。天気は完全に狂ってしまって雷とともに強い風が窓を叩いていた。一応復旧するまで待つことにしたけど、このままじゃ時間がけっこうかかりそうだ。雨の音しか聞こえないこの家で……俺は霞沢と何をすればいいんだろう。


「…………」


 そしてすぐ後ろに霞沢がいる。


「ねえ、りおくん」

「うん。どうした? 霞沢」


 呼び方はまだ「りおくん」か……。

 別に構わないけど……、なんか懐かしいなと思ってしまう。りおくん、か……。


「座っても……いいけど……?」

「あっ、うん……」


 こうなるとは思っていたけど、やはり俺のそばに座るのかよ……。

 しかも、今度は何も言わずに……手を握ってる。


「ちょっと……、霞沢……。こんなことよくないって!」

「何が……? また……変なこと考えてるんでしょ? 私、この前に……大丈夫って言ったはずなのに……」

「それでも……!」

「怖がってる友達の手を握るのは……おかしくないよ?」


 そう言いながらさりげなく指を絡める霞沢……。

 一体、何を考えてるんだ……?

 これははっきりと言うしかない状況だ。雰囲気がやばすぎて……、霞沢を止めるなら今しかないと思っていた。


「あのさ……! 俺、霞沢に言わなきゃならないことがある……けど」

「うん……? 何?」

「知ってるよな……? 霞沢は直人の彼女って……、知ってる……よな?」

「そうだよ。それがどうしたの……?」

「えっ?」


 予想できなかった彼女の答えに、俺は何も言えなかった……。

 知っていたのか……? 知ってるのに、こんなことをするのか……? どうして?

 しばらく、二人の間に静寂が流れた。


 霞沢は本当に可愛い女の子だから、いくら幼馴染だとしても俺はそんな彼女に気をつけるべきだった。思春期の俺は自分の気持ちをコントロールできないから、そしてこの後も…どうなるのかよく分からないから。その場で、俺は精一杯我慢するしかなかった。


 そして理解できない。

 霞沢はそれを知ってるのに……あんなことを……?

 すぐ拒否しなかった俺にも問題はあるけど、霞沢はどうして俺にあんなことを言ったんだろう……?


「それがどうしたのって聞いてるの……。りおくん」

「俺は……友達の彼女に手を出さない。それだけだ……霞沢」

「…………」

「ごめん……。変なこと言って。でも、これを言わないと……。俺たちのどんどんおかしくなるこの距離感を、どうしたらいいのか分からなくなるから……」

「…………くせにぃ……」

「えっ……?」

「な、何も知らないくせに……」


 何か言ってるけど、声が小さくてよく聞こえなかった……。

 そしてこっちを見る霞沢が、俺を床に押し倒す。


 薄暗い居間の中、俺と霞沢しかいないこのやばい状況……。

 緊張感が高まる。


「うっ……。えっ? どうした? 霞沢……?」

「うん。知ってるよ……。私も、ちゃんと知ってる……。バカじゃないからね?」

「…………」

「りおくんがいなかった一年間……、私にもいろいろあったから……今は言いたくないけど」

「そっか……」

「友達の彼女に手を出さないって言ったよね? りおくん」

「う、うん……」

「じゃあ……、一つ聞いてもいい?」

「なんだ……?」

「胸、触ってるだけなのに……。どうしてこんなにドキドキしてるのかな……?」


 Tシャツの中に手を入れる霞沢、俺は恥ずかしくてすぐ目を逸らしてしまった。

 そしていつの間にか俺の体に———。


「うっ!」

「りおくんはどうして逃げないの……? ダメでしょ……? 先言ったことと全然違うじゃん…………」

「いや、その……」

「ねえ、友達同士でやってはいけないことって……何? 教えて……」

「…………」

「どこまでできるの? りおくんは……どこまで、許してくれるの……?」

「…………」


 いやいやいやいや……。

 近い……、近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!!!!!

 すぐ前に……霞沢の顔がいる……。


「ねえ……、なんか言って……」


 もう少しで、お互いの唇が触れるかもしれないこの距離……。

 俺は何をしてるんだろう……?


 そのまま……沈黙した。何も言えなかった。


「…………か、霞沢……」

「ぷっ。あはははははっ!! ええ……、りおくんはそんな顔をするんだ……」

「えっ?」

「ドッキリ大成功! えへっ〜。可愛かったよ。りおくん……」


 なんだ。ま、まさか……霞沢にからかわれたのか? また!? またかよぉ!!


「相変わらず、純粋で可愛いね〜。りおくんは」

「おい……! 霞沢!! び、びっくりさせるな……」

「私、演技上手くない? 俳優目指してみようかな!?」

「はあ……。全く……」


 これは全部霞沢のいたずらだったのか……、本当にびっくりした。


「あはははっ、やはりりおくんをからかうのが一番楽しい!」

「うるさい! そんな冗談はやめてくれ……、びっくりしすぎて死にそうだ」

「あはははっ、ごめんね〜」


 それから電気が復旧し、真っ暗だった居間が明るくなる。


「はあ……」


 ガチャ……。


「ただいま〜」

「あっ、お母さんかな?」


 そして時計の針が十一時を指す頃、仕事から帰ってきた霞沢のお母さんが車を出してくれた。

 そうやって俺たちの危ない時間は終わりを告げる。


 あ、そういえば……。

 うちで言ったあの言葉の意味……、聞くのをうっかりした。


 ……


 ぼとぼと……。

 頬を伝う涙。


「りおくん…………。りおくん……」


 明るい部屋の中、あいは涙ぐみながらずっとりおの名前を呼んでいた。

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