3 転校生

 短い夏休みが終わり、俺はいつもの日常に戻ってきた。

 そして今日霞沢が転校してくる。


「霞沢あいです! よろしくお願いします!」


 明るくて可愛い彼女の第一印象に、クラスの男たちはすぐ「おー」と声を出してしまう。中には霞沢についてコソコソ話してるやつもいるけど、田舎も都会も考えるのは一緒だから……。元々、モテる人はどこに行ってもモテるのが普通だ。そこは直人に任せとけばなんとかなるはず……、余計なことをするのはよくないと思っていた。


「あぁ! 北川くんだ!!」


 ビクッとするりお。


「霞沢、知り合いか?」

「はい! 幼馴染です!」

「なら、席は北川の隣がいいかもな」

「はーい!」


 なんですって……?

 あの霞沢が俺の隣席……? てか、直人のやつはどこに行ったんだ……。まさか、別のクラスだったりしないよな……。お前が本当に俺の友達なら同じクラスに来てくれ……これはマジでやばいぞ、直人!!


「よろしくね。北川くん〜」

「うん。よろしく」

「ふふっ、隣の席が私でドキッとしたでしょ?」

「…………うるせぇ……」

「素直じゃないね〜」


 せめて、別のクラスだったら……こんなことで悩んだりしないのに……。

 そのニコニコする顔を見ると、余計なことを思い出してしまう。


 ……


「あ、そうだ。さっきの授業で、知らない問題が出たから。教えて!」

「いいよ」


 休み時間、教科書を持ってきた霞沢が俺の隣に座る。


「ここは……こうやって……」

「へえ……、そうなんだ。北川くんは頭がいいね」


 それより……この距離感やばくね?

 うちにいる時は二人っきりだから気にしないけど、ここは学校なのに肩が触れるほどくっついていてもいいのか? それに霞沢の距離感もおかしくなった。二人が付き合った時はこうじゃなかったはずなのに……。


 一体、俺がいなかった間に何があったんだ……?


「うん? 北川くん?」

「いや、なんでもない。それより、直人はB組じゃないのか?」

「直人くんはC組だよ」

「え? 隣クラス?」

「そうだよ」

「そっか……」

「そうだ。北川くん!」

「うん?」

「また、そっち行ってもいい?」

「うち?」

「うん」


 なるべく、家に女子を連れて行きたくないけど……。

 でも、霞沢は幼馴染だし……。直人と一緒なら構わないよな? 友達に疑われるのは最悪だから、俺にも適切な距離を維持する必要があった。またそんなことが起こるかもしれないし、気をつけておこう。


「うん。直人と来るならいいかも」

「違う……。私は直人くんの名前を言ったことないのに、どうして北川くんは直人くんに気遣うの?」

「…………」

「一人で行くつもりだけど?」

「直人には?」

「言わない」

「…………」


 本能がそれ以上踏み込むな……と言っている。

 だから、何も言えなかった。


「そして私まだ鍵持ってるから……、ダメって言われてもそっちに行くのは変わらないよ?」

「はいはい。仕方がないな……」

「ふふっ。私はそういうところが好きだよ? 北川くん♡」

「俺は幼馴染なのに。霞沢が何を考えてるのか、全然分からない」

「女の子は難しいよね〜」

「なんで、なでなでするんだ……」

「可愛いから?」


 うちのお母さんと霞沢のお母さんは同じ高校と大学を卒業した仲良しで、俺たちも幼い頃から仲が良かった。だから、霞沢にさりげなくうちの鍵を渡したんだろう。お母さんのおかげで俺は半裸の姿を霞沢に見せたし、多分それは死ぬ時まで忘れられないんだろう。本当に俺たちの間にはいい思い出なんか存在しないのかよ……。涙出そう。


「どうして……」


 まずい、後ろから……直人の声が。


「どうして、俺たけC組なんだよ! あり得ない!!」

「直人くんだ〜」

「あいちゃん、会いたかったよ〜」

「私も♡」


 ん? なんだ……この二人。

 普通にラブラブじゃん。


 霞沢とさりげなくイチャイチャしてるこいつの名前は西崎直人にしざきなおと

 直人はスポーツ万能で、中学生の頃には先輩や後輩たちによく告られる校内の人気者だった。俺とは全然違って、直人は毎日たくさんの人たちに囲まれてたよな。あんなやつとどうやって友達になったのかはいまだによく分からない。


「あいちゃん、今日うちに来てくれない? ケーキも買っておいたから」

「ケーキ! でも、今日は無理……すぐ家に帰らないとね」

「そっか、仕方がないね。また今度にしよう」

「ごめんね。でも、誘ってくれてありがとー。好き! 直人くん!」

「俺も好きだよ〜」


 ええ……、こんな二人を見るのも久しぶりだな。

 そうそう。あっちにいた時もずっとこんな雰囲気だった。俺たちの真ん中にはいつも直人がいて、そのそばには霞沢がいる。たまに、あの二人からわけ分からない感情を感じてしまうけど、多分それは羨ましい感情だと思う。


「じゃあ、俺はトイレ行ってくるから。二人はゆっくり話してくれ」

「オッケー」

「…………」


 ちらっと、廊下の方を見るあい。


 とはいえ、心がモヤモヤする。

 俺も……素直に「おめでとう」って言える人だったらいいな……。あの二人と久しぶりに会っていいこともあるけど、俺は言葉で表せないこの気持ちをどうしたらいいのかずっと悩んでいた。そして鏡を見つめながら冷静を取り戻す。


 霞沢がうちに来た時、俺が余計なことをしたからか……。


「愚かな……やつめ」


 ……


 放課後。一緒に帰る二人に挨拶をして、俺もすぐ帰ってきた。


「…………」


 直人の腕を抱きしめる霞沢。

 俺は……どうしてあの日のことを思い出してしまうんだろう。

 それは気のせいだと、本当に気のせいだと……そう信じようとした。


 ガチャ……。


「北川くーん、いきなり雨降ってきたよ〜。ジメジメする〜。ヤーだ」

「…………か、霞沢? どうして? 今日はすぐ家に……」

「うん。すぐ家に帰らないと……ね?」


 彼女はうちの鍵を見せながらそう話した。

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