第2話 ギガはいない

「食べなさい」

「うん」


目の前にいるのは

知らない男性と女性


…ではなく

父と母だったようだ


気が動転して誰か判別することができなかったが

よく考えればわかることだった


ギガは

幼いころに父と母が私にくれたプレゼントだった


その時はまだ

頭がよくなかったのでただおもちゃをもらったようにしか感じなかった


よくしゃべるおもちゃ

色々なことを教えてくれるおもちゃ


でも実際はそうではなかった


私は病にかかっていたらしかった


先天性のもので

発症する確率は10万人に1人だそうだ


その中でも私は極めて病状が進行した例らしい


詳しい病名までは教わらなかったが

その症状は

考えが上手くまとまらなくなる

危機感知能力が異常に下がり

判断能力も低下する

あらゆる欲求が低下し

自分の意見がない


つまりは

誰かがいなければ何もできない

そんな

指示待ち人間だった


「ラララ

学校へはちゃんと行けるかい?」

「うん」

「ちょっとあなた…

そんなこといきなりなんて

たぶんこの子も今何が起きてるかさっぱりわかっていないのよ?」


目の前で何か話している


癖でうんと言ってしまったが

どうやら目の前の会話に私は必要ないかもしれなかった


「だからといって

何もさせんわけにはいかないだろう…」

「とにかく今日は休ませて

先に病院で診てもらった方がいいわ」

「そうかもな…」


ギガがいない


私の頭の中はその話題で持ちきりだった


よくわからないうちに腕をひかれ

車に乗せられる


左から右へ景色が流れる


私は今何をされているのだろうか…?


たしかこの後はギガが何か言ってくれる時間だったような気もするが

それももう思い出せない


靴を脱がされ

スリッパをはかされ

変な椅子に座らされる


「どうにか同じものを用意できないんでしょうか?」


父がだれか知らないおじさんと会話をしている


「いやぁ…

もうβ版の配布は終わっていますし

そもそもそのサービスも終了してしまったんですよ…」

「そんな…」


父のがっかりしたような顔


ねぇ

私は何をしたらいいの?


口が動かない


ながらく「うん」以外の発言をしてこなかった弊害だろうか…


私はなんのために何をしたら…


「これからはもう

普通の生活に戻っていただくしか…」

「そう…ですか…」



見覚えのある部屋


どうやら自宅に帰ってきたらしかった


母がランドセルを私に背負わせる


「持ち物はこれで全部よね?」

「…」


わからない


「なにか答えなさいよ!」


わからない


母が叫んでいる

怒っている?


「おい…!」


少し押し殺したかのような

父の声


「え、えぇ…

ごめんねラララ

急に怒鳴ったりして」

「うん」


皆不安そうな顔をしている


私は何をしたらいい?



気づけば私は保健室にいた


教室には行けなかった


校門では先生が迎えてくれて

「大丈夫?」としきりに訊ねてきたが

なんと答えたらいいかわからなかったので

「うん」とだけ答えた


チャイムが鳴る


授業が終わったのだろうか


廊下が少し騒がしくなる


無数の足音

生徒たちの騒ぐ声


どこかで聞いたことがある気もするが

ギガが何も言わないということは

考えなくてもよいのだろう


ああ


もうギガは何もしゃべってくれないんだ

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