0・2秒の攻防

クファンジャル_CF

0・2秒の攻防

人間が外界に反応するには、0・2秒かかる。そういわれている。

本当かどうか私は知らない。ものの本にそう書いてあった記憶があるだけだ。

だから感覚を研ぎ澄ませる。あらゆる予測を立てる。それに沿った計画に従う。わずかな揺らぎも見逃さないように。

舟の上だった。たいして大きくはない。木製の平底舟。時代劇に出てきそうなやつだ。ゆったりと川を下っている。左右の岸に積み上げられているのは石であり、ところどころに船着き場と、階段の上には宿がある。運河である。

そんな中、私は待っていた。敵を。

突如、空が陰った。

左手の岸より飛び込んで来た者を見上げ、私は腰へと手をやると同時に被っていた笠を脱ぎ捨てる。

衝撃。

飛び込んで来た敵手は刀を一閃。対象は私ではない。舳先にいる私と反対側、船頭を切り捨てたのだ。落水する船頭の屍。

流れるような動作に、私は気を引き締める。

敵は、口を開いた。

「一手、勝負願おうか」

首肯で答える。そのために待っていたのだから。

刀を正眼に構える。対する敵手は自然体。いや、刀を右手で背負うかのごとき構え。緊張が高まっていく。

動いたのは、敵手からだった。

激突。

踏み込んだ私と敵手、二つの刃が真正面からぶつかり合ったのだ。しばしの均衡。不安定な舟という足場を、相手はものともしていないようだった。

後退する。相手は追ってきた。一合。二合。下がるごとに火花が散り、退路が経たれていく。舳先はすぐそこだ。

問題ない。

一連の攻防で、ただでさえ不安定な舟の揺れはさらに大きくなっている。

最後の一撃を受け止めた時、私は半ば、沈み込んでいた。舳先ごと、水中に。

船体が復元する。

その勢いを借りて押し返す。敵手はそれに対応できない。姿勢が崩れる。相手のさらけ出した致命的な隙を、私は見逃さなかった。

突く。突く。さらに刃を突き込む。

踏み込みながらの三段突きは、見ている者がいれば電光石火の一撃とも取れただろう。

胴体三か所を貫かれた敵手はしばし呆然とし———そのまま崩れ落ちる。

そして。


—――YOU WIN!


空中に浮かび上がったゲームのシステムメッセージに、私は勝利したことを知った。


  ◇


「―――さん。もういいですよ~」

そこで、私は現実に引き戻された。

光がまぶしい。体が動かない。麻酔が効いているそうだから当然か。

と。そこで、陰が差した。視界に入った人物が遮ったのだ。白装束に白いマスク。眼鏡。と、徹底した白に身を包んだ人物である。

「手術は、無事に終わりました。聞こえたら瞬きを2回してください」

言われた通りにする。それで、相手にも伝わったのだろう。

—――それで、私は、完治するんですか?

声に出そうとしたが、口がうまく動かない。さんざん聞いたはずの内容だったが、不安だったのだ。

「大丈夫ですよ。腫瘍は無事に切り取られました。あなたの運動野を傷つけることなくね。ほら。さっきの対戦、最後までしっかりと動けたでしょう」

そうだった。そのためにオンラインにつないで、対戦ゲームをしたのだ。最近のゲーム機器は凄い。脳の運動野の信号を拾って、反応を感覚野に返してくる。手術中、私の運動野を傷つけていないかをこの医師たちがリアルタイムで確認するために、私はネット上に構築された仮想空間でをしていたのだった。なんでも脳反応インターフェースのない昔には、バイオリンを患者が弾いて確認していたとかなんとか。とんでもない話だ。

いや。命がかかった手術に、あんな剣劇アクションを選ぶ私もどうかとは思うのだが。先の戦いは私にとって真剣勝負だった。何しろ命のかかった手術のためにやっていたのだから。相手はそんなつもりはさらさらなかったろうが。

「さあ。今日はゆっくり休んで。経過を見ましょうね」

頷く代わりに、私は瞬き2回で答えた。

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