第20話


ラウルは非常に困っていた。


目の前の君主が駄々をこねているからだ。


「──魔王陛下!視察の時間ですよ!」

「嫌だ。ララに何かあればどうする。離れない」

執務室のソファに座ってお茶を飲むララにしがみついている魔王はひどく滑稽に見えた。


「何の為に序列上位の者を護衛にしていると思っているんですか!」

「俺よりは弱い。それに、彼女の愛らしさに魔が差してララを誘惑したら……」

ララの後ろでクラリスが大きな溜息をつく。「しませんよ」と冷めた目でシャルルを見下ろすが、魔王はそんな彼を睨みあげた。


「お前はムッツリだから危険だ」

ピクリとクラリスの眉が怒りで上がる。痙攣する頬を堪えるように目を伏せた。


「……ではセザールを呼びますか」

「セザールは純粋だが、そういう奴ほど欲に従順だ。危険極まりない」

クラリスはもうそれ以上何も言わなかった。何を言っても無駄だと判断したようだ。


ラウルが額を抑えながらリュカを呼び出そうとするが、それもシャルルは制止した。

「言っておくが、あいつは最初から実力以外信用していない」

ピシャリと言い放ったシャルルにラウルはなす術もなく崩れ落ちる。


ララは困ったように苦笑しながら、振り返りクラリスに目配せした。「すみません」と唇の動きで伝えようとするが、すぐにシャルルに抱き込まれてしまう。

「ララ、他の男に目を向けたらダメ」

「シャルル様……」


そこでラウルは何かを思いつき、起き上がると紙に文字を書き……ララに向かって見せた。

「ララ様、これを読んでください」

小声でそう言うと、ある文字が書かれた紙を指さす。ララはよく分からないながらも、シャルルの腕の中からじっとその紙を見つめた。


「私はお仕事を頑張っている殿方が好きだなぁ……?」


そのまま読み上げれば、ララに抱き着いていたシャルルが勢いよく身体を離して顔を覗き込む。


「すぐに終わらせて帰る」

仮面の奥の瞳にはやる気と期待を映し、キラキラと輝かせていた。


ララは理解が追いついていなかったが、ホッとしたようなラウルを見れば状況がいい方へ転んだのだと知る。

自分の言葉一つで魔王を動かしている──その事実が何とも照れ臭く、彼女は頬を染めて笑った。


「ララ……帰ったらイチャイチャしよう」

「え!?」

突然の宣言にララはほんのりピンク色だった頬を真っ赤に染める。しばらく悩むように視線を彷徨わせた後──。


「お仕事頑張ったらご褒美をあげますね、シャルル様」

悪戯っ子のように笑ったララに、してやられた魔王陛下だった。


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