第9話


「誓うよ」

 さらりと私の髪を指先で梳く。コツン、とおでこ同士を合わせると長いまつ毛の一本一本がよく見えた。

「俺はララを大切にする。世界中の誰よりも。これは俺の命が尽きるその時まで変わらない」

 ……何故、視界がぼやけるのだろう。

 何故、頬を温かい何かが伝うのだろう。

「……あれ」

 慌てて私から距離を取ると、魔王は「どこか痛い?」「迷惑だった……?」と何度も確認する。

 全てを諦めてから、流さなくなった涙。

 まだ枯れていなかったらしい。

「……魔王様」

「シャルルだよ」

 涙を拭って笑う。

 笑うことも、久しぶりだ。少しぎこちなかったかもしれない。

 魔王──シャルルがハッと目を見張って、目を輝かせる。

「かわいい……」

 顔を真っ赤にしたシャルルの方がずっと可愛いというのに。

「シャルル様」

「うん……」

 私が名前を呼ぶだけで、嬉しそうに目を細める。

 ──決めた。

 私はここで生き抜こう。そして一人の人間として、幸せになる。

 私をあっさりと引き渡した家族への復讐となるように。

 そのためになら、この優しい魔王を誘惑してでも。

 誰にも必要とされなかった私を必要としてくれるのなら。そうやって、私が存在するだけで幸せそうに笑ってくれるのなら。

「私を、おそばに置いてください……」

 私が帰る理由も、彼の想いを拒否する理由もない。今はまだ、彼の気持ちを受け入れれば助かる、という自己中心的な思いばかりだ。花嫁になるにはまだ気持ちが追いついていないけれど。

「ほん、とうに……?」

 シャルルが目を見開いたまましばらく放心する。そして我に返ったと同時に、勢いよく抱きつかれて思わず「うっ」と声が出た。

「やった……本当に嬉しい」

 ぎゅうぎゅうときつく抱きしめられても、痛くはない。それはこの人が優しいから。私を大切に思ってくれているから。


 生まれて初めて大切にされた。

 生まれて初めて好意を向けられた。


 相手が魔王だとか魔族だとか、今は考えられなかった。

 温かな感情で満たされて、私はまた、笑った。


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