第8話
未だ混乱する頭を落ち着かせるのに精一杯でオロオロする私と、そんな私を見て同じようにオロオロする魔王。そんな可笑しな光景が広がる中でハッと何かに気付いた魔王が再び私の肩をガッチリと掴んだ。
「ああ、プロポーズがまだだった。ごめんね」
つい焦ってしまった、と眉を下げる姿は可愛い……可愛いのだけれど。
私の両手を温かい手で包み込むと、無表情ながら綺麗な顔に目がチカチカした。
「──俺の、花嫁になってください」
……ああ、目眩がする。
求婚どころか、人から純粋な好意を向けられることすら初めてな私にとって、これは刺激が強すぎだ。
「……こ、断ると、殺しますか……?」
ぽろりと出た言葉は想定外だった。こんなことを聞くつもりではなかったのに、何か言わなければと焦って出たのがこれだ。
「そんなこと、しない」
即答した魔王は勢いよく首を横に振る。
「……心苦しいけど、人間領へ帰すよ」
そして困ったようにまた眉を下げる。
「家族のもとへ帰りたいと望むなら、必ず叶える」
“家族”
私には、帰る場所などない。帰ったところで誰も歓迎してくれない。私には、そんな価値がないから。
でも──。
もしも、この人の花嫁になったら。生贄として死ぬことはないのではないか。
食べられる覚悟はできていても、死にたいわけじゃない。助かって、人並みの生活が送れるのであれば──それに越したことはない。魔王を誘惑して、そばにいれば。それは叶うかもしれない。
「ララの望みは、俺が一番に叶えてあげる」
この人が、価値のない私をまるで価値がある人みたいに扱うから、生きていたいという欲が出る。生きてみたい。生きて、本当に価値のある人になってみたいと。
「……どうして、私なのですか?」
震える声が、彼に届く。信じていいのかも分からない魔族。それでも、私はこの人の言葉に期待してしまう。
魔王の赤い瞳がきらりと輝いて、ふわりと笑んだ。
「──ララは俺の希望だから」
──誰かにとっての“特別”。私が貰えなかったもの。諦めていたもの。
そして……ずっとずっと、欲しかったもの。
「誰でも良かったわけじゃない。ララだから…。きっと生贄の制度なんてズルいことしたから、勘違いさせた」
ごめん、と困ったように目を伏せる魔王。彼は話を続けた。
「ララは昔俺を助けてくれた。だから君のために弱く無能だった俺は強くなろうと決めた……。魔王にまで上り詰めたなら、人間であるララを花嫁として迎え入れても文句は言わせないから」
記憶を辿ってみても、思い当たるようなことはない。正直にそう言うが、それでもいいと彼は笑う。過去に想いを馳せるように魔王は頬を染めた。
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