第6話


 魔王は私を抱えたまま廊下をスタスタと進み、今までで一番大きくて豪華な扉の前で立ち止まる。

 片手で器用に扉を開けると、そこは寝室のようだ。……誰の、とは聞かずとも分かる程度には豪華だった。

(わざわざ寝室で食べるのだろうか)

 生贄を食べる習慣など知らないのだから勝手は分からない。ゆっくりと降ろされて、床に足をつけた。

 そして魔王は徐に仮面を外す。それから、私の顔を覆っていた薄い布を取っ払って……。

 視界に広がったのはあまりにも美しい──。

「!?」

(な、なんだこの美青年は……!)

 高い鼻、薄い唇、綺麗なアーモンド型の目の奥はキラキラと輝いている。その顔のパーツどれをとっても“美しい”の一言だ。私は思わずあんぐりと口を開けた。

 魔王は吸い込まれそうな目を細めると、私の手を取る。先程赤くなっていた手首をまじまじと見つめて眉を下げた。

「大丈夫……?」

 威圧感のあった声も、今は弱々しく優しいものになっている。まるで二重人格ではないか。

「この綺麗な肌に傷がついたら困る」

 表情はあまり変わらないが、視線はとても甘い。魔王は私の手首に唇を寄せる。そっと触れたものが擽ったくてピクリと肩が揺れた。

(食べ、ないの……?)

 唇で手首をなぞるだけで、舌を這わすことも歯を立てることもない。初めての感覚にドキドキと胸が高鳴った。

「……ララ、本当に嬉しい。幸せ」

 美しい形をした唇が、今度は私の名前を紡ぐ。

「どうして、私の名前を……?」

 掠れた声が思わず出た。魔王はきょとん、として私を見つめる。

 ……その表情があまりにも可愛すぎたのは、黙っておいた。

「そんなの当たり前。俺はララを待っていたのだから」

 恥じらいなど全く見せないその人に、こちらの方が照れて思わずぷるぷると身体が震えてしまう。

 ……これは、生贄に向けた言葉にしては甘すぎやしないだろうか。

 魔王は勢いよく両手を広げると、期待のこめられた瞳で私を見た。

「おいで」

「えっと……」

 自分の置かれた状況が分からなくて困惑したまま動けずにいると、彼は急にしゅん……と俯いた。あるはずのない垂れた耳と尻尾が見える気がする。

「俺が怖い……?」

 両手の指をモジモジと動かして視線を泳がせる、自信のない姿。魔王の機嫌を損ねるわけにはいかないのと、あまりにも落ち込む姿が可哀想で……。

(もう、どうにでもなれ!)

 思わずその腕の中に飛び込んだ。

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