第5話
「魔王様がお待ちです」
また違う豪華な扉まで連れてこられ、その女性は私に一礼した。しくざや言葉は丁寧だが、その瞳には侮蔑が浮かんでいる。魔族にとって人間なんてちっぽけで弱い存在なのだから、あまり驚きはしない。むしろ丁重に扱われているこの状況の方が驚くべきところなのだ。
求められてはいないだろうが、小さくお礼を言って私も一礼する。
そしてゆっくりと開かれた扉のその先には
「……食堂?」
長いテーブルと椅子。テーブルの上には豪華な食事だ。奥に座るのは先程別れた魔王で、私は息を呑んだ。
(私はこの食事の一品ってこと?)
どうしたらいいか分からず立ちすくんでいると、執事らしき人が私を椅子へ誘導した。魔王の向かいの席だ。何故私が椅子に?テーブルの間違いでは?
困惑する私に、魔王は端的に言った。
「腹一杯に食べろ」
思わず首を捻る。
(……太らせてから食べるの?)
そんな私に気付いてか、仮面の奥の目が細められる。覚悟は決まっているし今更命乞いをするわけではないが、怖いものは怖い。
私は「いただきます」と蚊の鳴くような声で言うと、大人しく目の前の食事を口に詰め込んだ。
魔族も、人間と変わらない食事をするのか。
味など分からなかったが、それだけは覚えている。
時折、魔王を見るが彼は一向に食事をする様子はない。仮面で視線はハッキリと捉えられないにしても──こちらをじっと見つめているような気がしてまた緊張した。
「……ごちそうさまでした」
フォークを置いて口元を拭う。その言葉を合図に魔王は椅子から立ち上がってこちらへ歩いてきた。
私の目の前まで来ると、彼は私の頭をぎこちなく撫でる。
「……!?」
突然のことで驚き、声も出なかった。
(……そろそろ、食べる頃合いなのかな……)
優しいその手は、私にとって初めてのもので──。これから生贄として食べられるという恐ろしい状況のはずなのに、生まれて初めて心が温かくなった。
ジッと仮面の奥の瞳を見つめていると、ふわりと身体が宙に浮く。魔王が私を抱え上げていた。
「──軽い」
(──どうしてだろう)
恐怖を抱くほどのオーラを身に纏っているはずなのに、私を愛してくれなかった父やきょうだいたちよりずっと優しく感じるのは。
私を見下して、蔑む視線には慣れているのに、この男はそんな目をしない。寧ろ──今は抱え上げられているせいで私が見下ろしている状況であるのに、そんなことちっとも気にせず真っ直ぐな瞳を向けられる。
(……この人になら、食べられてもいいや)
素直にそう思った。
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