第65話 被写体がいいからじゃない?

 人というものは、何かご褒美にあるなら何でも頑張れるものだ。

 それも、いつもの何倍も増して。


 この一日を終えたら自由を迎える俺たちは、いかに楽して短時間で動画を撮影するかを考えながら行動をしていた。


 街中を歩いたり、足湯に行くまでの道のりも動画を回し、尺を稼ぐ。

 その間も双葉が話を繋いでくれるので視聴者も満足のいく内容にはなるだろう。


 大変なのは編集だ。

 ずっと絶やさず動画を取っているので、切り取る作業に苦労するだろう。

 今回からその負担も双葉には来ないので気にしない。

 そんなずる賢いことをしながら撮影を進めていると、あっという間に日は暮れた。


「もうこんくらいでいいだろ」


 撮影した動画の素材をざっと見ながら俺は言う。

 合計撮影時間は6時間。あとは夜に20分ほど追加で撮れば終了になる。

 ここから約15分程度の動画にすれば完璧だ。


 最終日に素材を投げればあとは勝手にやってくれるだろう。

 社長が用意した編集は、有名Youtuberの編集をしていた人だからな。


「やっと終わったぁぁ~! って言ってもこれまでの予定の3分の1も撮ってないけどね~」


 湯畑をバックにグーンと背伸びをする双葉。


「その分移動の時とか要らない部分も回してるからいいだろ。よく撮れてるし」


「それは被写体がいいからじゃない?」


「自分で言うところがマイナスだね」


「ムーっ、また褒めてくれてもよかったのにぃ~」


 半身振り返る双葉はポーズを決めてくるが、俺に指摘されてムスッっと頬を膨らます。


「俺は動画に映ってるよりもリアルで見る方の双葉が好きだからな」


「リアルの方が可愛いって⁉」


「いや、伝わってないならいいや」


 色々な部分を含めてだ。ビジュアルはどこに出してもピカイチなのは知っている。

 内面だったり、俺にしか見せないところがあったり、それを含めてと言いたいのだが、伝わらないなら言わなくてもいいだろう。


「ま、可愛いって思ってくれてたらなんでもいいんだけどね」


 不貞腐れた双葉はプイっとそっぽを向く。


「可愛いから安心しろよ」


「その言い方だと言わせてる感あって嫌なんだけど」


「じゃぁなんて言って欲しかったんだよ……」


「乙女心をもっと掴むような感じで?」


「一番難しいやつ」


 鷲掴みになんてできていたら、もっと双葉を惚れさせている。

 乙女心なんて恋愛も双葉以外まともにしていないんだから、なおさら俺には分からない。


「ま、動画の尺も関係ない話とかで繋げたし、今日は気分がいいから許してあげる」


「生配信の宣伝もさりげなくしてたしな。流石抜かりない」


「あれはバズるからね。その日だけで投げ銭が凄いことになりそう」


「丸一年くらいは遊んで暮らせるかもな」


 二週間後の配信で大型企画をするのだが、多分、今回出るかもしれない損失もその配信でチャラにできる。というかプラスになるまである。


 社長にはまだ話をしていないので、帰って怒られたとしても、その話をしたら笑顔で許してくれるだろう。


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