第32話 関係がある話

 ギュッと双葉の袖を掴み、真剣な眼差しで見つめる。


「え、マジ」


 不意に俺は声を漏らす。

 それって、もう一度双葉にステージに立って欲しいってことだよな? 柚葉は双葉にアイドルに戻って欲しいのか?

 過激な事を要求するより衝撃な事に、俺の眉はひそまる。


「それ、マジで言って―――」


「可児くんちょっと待って」


 言いかける俺に、横から止める双葉。


「それって、またアイドルをやって欲しいってこと?」


 双葉の目は、確かに動揺している様子であったが、心配をかけないように優しく聞く。


「いえ! 別にアイドルになって欲しいってわけではない……です」


「アイドルに戻ってほしいわけではないんだ」


「もちろん、戻ってくれるなら嬉しいしまた応援するんですけど、それよりも……私は、双葉さんが輝いている姿が見たいんです」


 真っ直ぐと、偽りない目をする柚葉に、


「例えばどんな感じに?」


「モデルだったり、女優だったり……Youtuberだったり。なんでもいいんです! とにかく、双葉さんに輝いて欲しいんです!」


 どんな形でもいいから、双葉の輝いているところを見たい。

 ファンならそう思う気持ちは分からなくもない。


 何の告知もなく、突然引退したから思い残すものがあるのだろう。というかこれからも推し続けるであろうアイドルが辞めたんだ。

 寂しいし、悲しいし、辛い。

 ちゃんと『推し』を貫いてきた柚葉は、そう感じているだろう。


「なんでそこまで……」


 声を震わせ、唇を噛み締める双葉。


「少し長くなるんですけど、私の昔の話聞いてくれますか?」


「それが、そこまでして私を輝かせたいって理由なら……私は聞くよ」


「はい。すごく関係がある話です」


「なら、うん。話して」


 双葉も複雑な気持ちなんだろうな。

 これまで見たこともない表情から、ひしひしと伝わってくる。

 双葉だって突然やめたとて、覚悟を決めてアイドルを辞めたんだ。


 俺と幸せに添い遂げたいから、地位も名誉も捨てて、ファンに嫌われて。

 なのに、それを否定されているようで。


 それも、言われているのがそこらのガチ恋勢みたいな底辺ではなく、本物のファン。

 友達になったとはいえ、ファンと推しに変わりはない。赤の他人だという事実に変わりはない。


 俺はそう思う。

 だが、双葉にとっては大切な友達。まだ知り合って数時間であってもだ。

 だからこそ、双葉は複雑な気持ちなのだろう。


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