第30話 超えられない壁

「とは言っても、私たちがキスをしだしたりしたら流石に止めてもいいからね?」


 クスッと笑う。


「そそそんなの問答無用で止めますよ⁉」


「ぎゅーくらいは大目に見て欲しいけど」


「……私ともしてくれるなら、許してあげます」


「いいよ~! ぎゅーってしてあげるね!」


「……嬉しいです」


「あ! それなら可児くんとチューしたら、柚葉ちゃんともすればいいってことになるよね?」


「なりません! チューは絶対ダメです!」


 あわあわと首を左右に振り、赤面する。

 どれだけイチャイチャしてほしくないんだよ。


 キスまでとはいかないが、ハグや日常会話で少しいちゃつくくらいはセーフだろ。

 世の中のカップルは人目を気にせずする奴らもいるんだからこれくらいは許して欲しいものだ。


 それに、双葉もしてあげるのかよ。どんなファンサービスだよ。

 もう友達だから双葉的にはOKなのだろうけど。


「やりすぎには注意しろよ」


「分かってるってぇ~。そんな心配しなくても私は可児くんのものだから安心して」


「そうゆう事じゃなくて――」


 と、言いかけたが、これまであまり見たことがない双葉の笑顔に、


「にしても嬉しそうだな」


 俺は呟く。


 こうやって、同性の友達が出来るのは新鮮なことだからだろうか。

 アイドルを始めてから仕事やらで友達が出来なかった、というか周りから一目置かれていた双葉にとって、遠慮も何もいらない友達が出来たことが嬉しいのだろう。


「当り前じゃん~! やっと女子友が出来たんだよ⁉ 嬉しいに決まってるじゃん!」


 ニコニコで柚葉の手を握りながら言う。


「やっとだもんな」


「うん! これからも仲良くしようね~柚葉ちゃん!」


「あ、あぁ……」


「どどどうした柚葉ちゃん!」


「て……いきなり……握られて―――ふぇぇ」


 急な双葉からの手繋ぎにビックリしたからか、赤面して目を回している柚葉。

 推しから急に手を握られたらこうなるのも仕方がない。


「双葉、もう少しスキンシップは控えめの方がいいんじゃないか?」


 と、冷えたおしぼりを双葉に渡しながら言う。


「えぇ、可児くんが嫉妬しちゃうから?」


「こうなるからだろどう考えても」


 目を回した柚葉は、ぐったりと双葉の方に倒れ込み、「ふぇぇ」と情けない声を漏らしている。

 そのおでこに、そっとおしぼりを当てる。


「いやぁ~、まさかこんなになるとは思わなくてさぁ」


「推しにいきなり手を握られたらこうもなるだろ」


「でも、柚葉ちゃん私に急に抱きついて来てたけどぉ」


「自分から行くのと相手から来られるのじゃ心構えが違うだろ」


「そうかなぁ」


「いくら友達になったっていっても、元アイドルとファンっていう関係性を忘れるなよ」


 友達になったとはいえ、そんなのつい数時間前からの話。

 時間が経ったとしても推しとファンの間にある壁は超えられないものもあるだろう。



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