第26話 感情を抑えられなかった

「あとは、私の事認知してないかもしれなかったし、名前言っても「誰?」って言われるのが怖くて」


「認知はしてたわよ? でもライブでは私と同じ髪型にしてくれてるから顔をじーっと見るまで気付かなかったの。今日、初めて同じ学校だって分かったくらいだし」


「そ、そうなんですか……?」


「うん! 顔見た瞬間にすぐ気づいたんだよね~柚葉ちゃんだって」


「えぇ⁉ 本当に私のこと覚えててくれてたんですか⁉」


 キラキラとした目を双葉に向ける柚葉。


「当り前じゃない。こんなにいいファンの事を忘れるわけないわ。Twitterでもよく見てたよ~」


「ここここ光栄すぎる……だだだ天使ちゃんに認知されてたなんて……幸」


「そろそろだ天使ちゃんって言うのやめてもらえるかな」


 天を仰ぐ柚葉に、ため息を吐きながらいう双葉。


「わ、分かりました……ふ、双葉さん」


「うん、これからはそれでよろしくねぇ」


「でも、迷惑じゃなかったですか……? いきなり押しかけて」


 柚葉は少し俯きながら言う。


「最初はビックリしたよ? でも柚葉ちゃんだって分かったからすごく嬉しい」


「本当ですか⁉」


「けど~……もうちょっと普通に話かけて欲しかったかな~」


 双葉は、柚葉の頭を撫でながら小さく笑う。


「んなに、そんなにヤバかったのか? まぁ大体検討は付くけど」


 横から口を挟むと、


「いきなり後ろから抱き着かれて、可児くんが来た状況になった」


「そんな急だったのか」


「じゃなきゃ可児くんに助けも求めないって」


「本当にごめんなさい! 愛しの双葉さんにあんな行動をして!」


 話を聞いていた柚葉は、自分の奇行に申し訳なくなったからか深々と頭を下げる。

 時間が経って冷静に考えたら普通にヤバい行動だと気づくよな。

 相手は自分の事を知らないかもしれないのに、いきなり後ろから抱き着いて駄々をこねる。


 ここだけ切り取ると、ただのヤバいファンだ。


「引退して、もうライブとか握手会で会う機会がなくなったから、直接話を聞きに行

こうと思って会いに行った瞬間に感情を抑えられなくなってしまって……」


「私も気持ち分かるよぉ~。ず~っと陰で支えててくれたから感情が抑えられないのはしょうがないってぇ~」


 他のファンとは違い、ファンの鏡のような行動をこれまでしていた。

 自制していた分、反動が大きかったのだろう。


「双葉さん……神」


 目を輝かせながら、双葉の両手を握る柚葉。

 これで怒らず、笑顔で対応する双葉は神に等しいかもしれない。

 もちろん、これがリア恋勢とかだったら対応が真逆、というか刑事事件になっていただろう。


 しかし、双葉も認知していた優良ファンだとしても後ろからいきなり抱きつかれたら叱るくらいしてもおかしくはない。

 それを笑顔で対応するのは心が広すぎる。あとは、2人の間に物理的に距離があったものの、信頼関係があったのも、大きく関係しているかもな。



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