第10話 スーツ姿

『大丈夫なのか? 今電話なんかしてて』


 会見はもうすぐだし、準備だの色々慌ただしいであろう。


『うん。今控室で待機だから本番15分前くらいまでは暇だよ~』


『暇……ではないだろ』


『えー誰もいないから暇なんだろ』


『そんな暇を弄んでる暇あるのか? もっと緊張とかするだろ普通』

 引退会見。それも自分からの熱愛報道でのだ。


 理由を説明したり、質問に答えたりするのだって緊張はするだろう。


『緊張? 全くしないんだけど』


 クスッと含み笑いをしながら言う双葉。


『いつもライブで大勢の人の前立ってるし、あと今日はただ本音を語るだけだから緊張もなにもないよ~』


『慣れってすげーな』


『慣れもあるかもしれないけど~、今日は私のファンに言いたいことが山ほどあるから楽しみまである!』


『嫌な予感しかしない』


 あまり過激なことは言わない方が……と言いたいところだが、多分言っても聞かないだろう。

 それに、今日くらい素の双葉を出してもいいとは思う。

 これまでの鬱憤を晴らすいい機会だ。

 まぁファンの怒りを買うことは確かなのだが……。


『今、可児くんどこいるの~? まだ学校?』


『いや、もう帰って着替え終わって家出るところ』


『なに変装でもしてくるの?』


 小バカにしてくるような声色に、


『スーツは念の為に着るぞ。何かあっても困るから』


 至って真面目に答える俺。


『え、マジ?』


『大マジだが?』


『可児くんがスーツ姿で私の会見を見にくるの?』


『だからそう言ってるだろ』


 何回同じことを言わせるんだ。やっぱり緊張しすぎておかしなこと言ってるんじゃなかろうな。

 疑う俺だが、


『早く来て今すぐ来て可児くんのスーツ姿をいち早く見せて』


『ちょ、どうゆう』


『早くスーツ姿拝みたいから会場来てって! 今すぐ! 一分一秒でも!』


 興奮気味に早口で言う双葉。


『見せたいのは山々だけど、会う暇なんてないだろ』


 今日会えるとするならば、会見が終わった後。

 前なんて会えるわけがない。


 ただでさえ今日は入るのに戸惑うかもしれないのに、アイドルである双葉に会うのなんて無理難題だ。

 会おうとして控室に行ったら不審者として連行されてしまう。


『ないけど! 無理やりでも作る!』


『どうやって』


『それは……今から考えるしかない!』


 どれだけスーツ姿みたいんだよ。

 俺も見せたい気持ちはあるけど、流石に無理がある。


『とりあえずもう家出るから着いたら連絡する』


『え、ちょま――』


 双葉が何かを言いかけようとしたが、その前に通話を切る。

 このまま会える策を考えてきそうで面倒だからな。

 会える会えないの前に、双葉には会見の事を優先して考えて欲しいものだ。


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