番外編 ダニエル視点
「ねぇ、これどう思う?」
お嬢様が、嬉しそうに取り出したのは美しいドレスのデザイン画。
「素晴らしいですね。左右の形が非対称なのが新鮮で美しいです」
「売れるかしら?」
「売れると思いますよ。宣伝としてお嬢様が着用して夜会にご出席すれば、確実に売れます」
「分かったわ。試作品を着て明日の夜会に行ってみる」
試作品?
なにを言ってるんだこのお嬢様は。ご自身の美しさを分かってらっしゃらない。
「商品化して、在庫を整えてから夜会で着用する方がよろしいかと」
「作っても、売れないかもしれないわよ?」
「確実に売れますよ。マークさんもそうおっしゃっているのでは?」
「……うん。そう言ってた」
「欲しいものが目の前にあるのに手に入らない。そんな時、人はストレスを抱えます。大切な婚約者様のお店を困らせたくはないでしょう?」
「そうね。分かったわ。ありがとうダニエル」
……なにを言ってるんだ俺は。マークさんはお嬢様に相応しい。あの人は平民なのに、貴族より力を持っている。金もあり、お嬢様一筋だ。
なにより、マークさんの前で話をするお嬢様は無邪気で美しい。いつも表情を変えないお嬢様は、冷静で感情的にならないと思われているが違う。
王妃教育で叩き込まれて、我慢しているだけだ。
彼女の内面は、常に燃え上がっている。だが、それを見せる相手は限られる。お嬢様は、俺に気を許してくれている。だけど、お嬢様が求めるものを俺は返せない。
マークさんのような知的なやり取りは、できない。
お嬢様とマークさんは、流れるようなやり取りをなさる。二人の話を聞きながら、毎日勉強する日々だ。
俺がマークさんと同じくらいお嬢様と年齢が離れていれば……お嬢様は俺を選んでくれたのだろうか。
……いや、無理だな。
あの人は、お嬢様の事を大切にしているし、お嬢様もマークさんを好いている。俺が入る隙間はない。
お嬢様の指に輝く指輪は、外見からは分からないが肌に触れる部分は木で出来ている。お嬢様は、金属を肌に付けて時間が経つと赤くなる。ネックレスも服の上から身に付けるし、指輪は滅多にしない。
お嬢様自身は、なんだか違和感があるから好きではない程度に思っているが、おそらく金属アレルギーなのだろう。最近発見されたアレルギーという症状。人によっては、毒でないものが毒になる。お嬢様にとって、金属は毒なのだ。
マークさんが医師を呼び、大量の医術書を買い集めていたと情報は得ている。
お嬢様は、入浴と睡眠の時以外はずっとマークさんから贈られた指輪をしている。お嬢様の指は美しいままだ。
俺には、マークさんのような資金力も人脈もない。
分かってただろ。マークさんを調べれば調べるほど、無理だと諦める日々だったじゃないか。
……それでも、俺はお嬢様を諦められない。今は立派な国王陛下だが、あの人と婚約している時はまだ良かった。お嬢様は俺を頼ってくれたし、旦那様のお力で城に入り込む事ができる。結婚しても、お嬢様を支えられる。そう思っていた。
だが、マークさんと結婚してしまえば話は変わる。
マークさんは平民だ。資金力があるから使用人を雇ってはいるが、俺を雇う事はない。
誰が好き好んで、大切な妻に横恋慕している男を雇うんだ。俺がお嬢様と一緒にいられるのは、あと少し。
そのあと、俺はどうする?
このまま旦那様、いや、国王陛下に仕える道は残されている。ルーク様は俺を認めて下さっていて、宰相にならないかと言われている。
我が家は貧乏だったが、ルーク様が有利な条件で取引をしてくれたおかげで盛り返した。独立はせず、ハリソン国と貿易をする道を選んだ。父も兄も、俺のおかげだと喜んでくれているし、自由にしてくれと俺がやる事を応援してくれる。
宰相……そんな大役、俺に務まるのだろうか。
「ダニエル、どうしたの? なんだか嬉しそう」
「ルーク様から、宰相にならないかとお誘いを受けたのです」
「聞いてるわ。やっぱりお兄様は人を見る目があるわよね」
「人を見る目……ですか?」
「ええ、ダニエルは優秀だもの。それに、人の気持ちを見抜く力があるわ。わたくしが辛くてたまらない時、そっと好物のお菓子を用意してくれたり、この間もレモンティーを入れてくれたでしょう? あれ、わたくしがこぼすかもしれないと分かってたから火傷しないように冷たいレモンティーを淹れてくれたのよね?」
俺がお嬢様を諦めた日。お嬢様はマークさんしか見てないと思っていた。けど、違ったんだ。
「お嬢様、私に大役が務まると思いますか?」
「ダニエルなら出来る。だってダニエルは、人を気遣いながらも冷静な判断を下せる。時には非情な判断をしないといけない国の運営を行うには、ダニエルみたいな人が必要よ。我が家としてはダニエルが宰相になってくれたら安心だけど、ダニエルの人生だもの。無理強いは出来ないわ。人に言われたからじゃなくて、ダニエル自身が決めるべきよ」
「相変わらずお嬢様はお優しくて冷たいですね」
「褒めてるの? 貶してるの? どっちよ」
「もちろん褒めています。お嬢様にお仕えできて、本当に良かった。宰相のお話、お受けしたいと思います。お嬢様のご依頼ではなく、私自身の意思でハリソン国のお役に立ちたい。そう思ったのです」
「そう。良かったわ。実はお兄様からダニエルを説得して欲しいと頼まれていたの。でも、無理強いは出来ないし……」
「お嬢様、そこでネタばらしをしては台無しです。まったく、やっぱりお嬢様は貴族に向いていませんね」
照れたように頬を染めるお嬢様は、とてもお美しい。こんな顔、マークさんの前でも滅多にしないだろう。
宰相になり、仕事に邁進していると自然とお嬢様への気持ちは薄くなって消えた。幸せそうにしているお嬢様を見ていたら、すっぱり諦めがついた。
幸せな出会いが訪れたのは、それから数年経過してからだった。
完璧令嬢が仮面を外す時 編端みどり @Midori-novel
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