第13話

「マーク! 説明なさい!」


マークの店に突撃したら、なんとフィリップがのんびりお茶を飲んでいたわ。


「ほら、来ましたよ。国王陛下」


「本当に来るとはね。マーガレットが珍しく指輪をしていたから気になっていたんだけど……君がお相手だったんだね」


「あ! 指輪! っしゃ愛してるぜマーガレット!」


「無邪気な笑みを浮かべるな! 説明、説明をしなさいよ!」


「種明かしされるだけじゃつまんねーだろ? 推理してみろよ」


この顔、腹が立つけど好きだわ。


フィリップが付けてるタイピンは、今日初めて見る。マークが用意した物に間違いない。


つまり、マークがフィリップと繋がったのは最近! マークがフィリップに挨拶代わりに贈ったんだと思う。フィリップは、贈り物は極力すぐに身に着ける。マークは国にとっても蔑ろにできない相手。フィリップが気を遣う理由は十分ある。


まずは情報を集めましょう。


「くっ……! 分かったわ! マークはフィリップ陛下と繋がっていたのよね?」


「あってるぜ。さすがマーガレット」


「褒めるのは最後まで当ててからにしてちょうだい!」


「はいはい。んで、俺が国王陛下と繋がったのはなんでだと思う?」


「損をしない取引をするって言ったわよね? 王妃様に売ったネックレスを回収して頂いたんじゃないの?」


「正解だよ。さすがマーガレット。僕はこれをマークに返しに来たんだ」


フィリップが取り出したネックレスは、傷ひとつない。綺麗に箱に収まっている。マークに返したって事は、違約金はマークが払ったとフィリップも知ってるのよね?


ああもう、気になる事だらけだわ!

まずはあれだけダイヤに執着していた王妃様からどうやってネックレスを回収したのか確認したいわ。わたくしは、フィリップに質問をぶつける。


「王妃様が簡単にネックレスを渡すとは思えません。どうやったのですか?」


「父上が母上のアクセサリーを勝手に愛妾にあげようとしてるって言ったら怒って父上に怒鳴り込みに行ったんだ。コレを残してね。だから高価な物だし母上に渡しておくねって持って来ただけさ。これは王家が持つべき物じゃない。マーガレットの物だ」


「って事で、マーガレットにプレゼントだ」


「そんな渡し方あるか! まだ推理は終わってないわ」


「……ははっ、良いねその目。じゃ、謎解きの続きといこうか。コレは俺のモノだし預かっておくよ」


「ごめんねマーガレット。まさか父上や母上が毎年お金を要求していたなんて知らなくて。このネックレスを返しても全く足りないよね。違約金だって、本当は払わなくて良かった。違約金なんて払わなくても独立する事は可能だった。本当にごめん。ハリソン国王に詫びる方法を考えるから」


「ハリソン王は金を受け取りませんよ。独立出来たんだからあんくらいの金払って当然です」


「それでも、だよ。民に使われたならともかく父と母が無駄に使っただけだからね。マーガレット達ばかりに負担をかけて悪かった」


そう言って頭を下げるフィリップは、以前と変わらない優しい笑みを浮かべている。


だけど、何か違う。聞きたくないけど、これを聞かないと始まらないわよね。シルビア様の事を聞いてみましょう。


「陛下は、シルビア様を愛しておられるのですよね?」


「じゃなきゃマーガレットと別れたりしないよ」


どこか作り物めいた笑顔。

……そうだ。前国王陛下や王妃様の前で笑うフィリップは、いつもこんな顔をしてた。


まさか。


「あぁそうだ。この場で不敬は無しで。今まで通りフィリップと呼んでくれ」


「ありがとうございます。ねぇフィリップ、貴方……いつから嘘を吐いていたの?」


「いつからだと思う?」


「まさか……わたくしと婚約してから、ずっと?」


「それは僕を評価しすぎ。正解はね……」


「待って! 少しだけ考えるから時間をちょうだい」


フィリップは、ずっと優しかった。甘いと思った事もあるけど彼の優しさは本物だ。あとは、少しだけ冷酷さがあればきっと素晴らしい王になる。そう思っていた。


だけどわたくしはいつの間にか、仕事を押し付けるフィリップに嫌気が差して……そんな風に思っていた事を忘れていた。フィリップが変わったと思ったのは……。


「学園に、入ってから?」


「正解。正確には学園に通う直前さ。マーガレットは学園に通う必要はない、仕事をさせると両親が言った時、そこまで大変な状況になってるんだと思った。マーガレットに常々自分の考えを言って欲しいと言われてた事もあって、初めて父に意見したんだ。僕も学園に通わず仕事をしますってね。王家が危機的状況なのは分かってたし、マーガレットと父と母、みんなで頑張らないといけない。そう思ったんだ。けど違った。父は仕事なんて全部マーガレットに押し付けたら良い。僕は子を産む女をできるだけ多く探せって言ったんだ」


「……それはまた。控えめに言ってもクズですね」


「僕もそう思うよ、マーク。父の言葉を聞いた時、怒りでおかしくなりそうだった。腹の底が熱くなり、父を殴りたくなった。生まれて初めて、怒りという感情を知ったんだ。だけど僕が父に歯向かっても無駄だ。父は国の最高権力者だからね。なんとか冷静になった時、マーガレットがいつも言っていた言葉を思い出した。貴族や王族が贅沢を出来るのは、民の代表だから。なら、父や母は? あいつらに代表としての資格はない。僕はあの瞬間、父と母を引き摺り下ろそうと決めた」


「だから……指示通り女性と……シルビア様と親しくなったの?」


彼女といちゃつくフィリップはなんだか変だった。恋は人を変えるのだと思っていたけど、違ったんだわ。


「そう。父の命令に従う必要があったからね。マーガレットと別れると決めたのも学園に入ってからだ。父は、僕とマーガレットの間に愛情がない事に気が付いていた。だから、マーガレットを正妃にして働かせて、自分のように愛する人を見つけろ。そう言ったんだよ。最初はシルビアが近寄って来た時、都合が良いと思ってた。彼女は頭が良くて人気もある。父が気に入りそうな女の子だったからね。けど、僕がシルビアを好きになったのはマーガレットを越えようとする野心があったからなんだ。僕はずっと、マーガレットには敵わないと思っていた。けど、シルビアを見てるとそんな事ない、そんな風に思えるようになった。自信がついたんだ。最初は打算でシルビアと親しくなった。けどね、僕が彼女に癒されていたのは本当だよ。マーガレットの事は、好きだったよ。けど、何か違う。ずっとそう思っていた。シルビアと一緒に居ると癒される。シルビアを愛してる。それは本当さ」


「奇遇ね。わたくしもそう感じていたわ。フィリップは優しくて、真面目で……貴方の事が好きだった。けど、本気で好きにはなれなかった」


「だよね。結婚式に誘った時、マーガレットの顔を見てやっぱり僕とマーガレットは合わないと思ったよ」


「あの時は気が付かなかったけど、あれ、わざと言ったのね」


「うん。マーガレットにああ言えば、僕を嫌ってくれると思って。今日のマーガレットを見て改めて分かった。僕じゃマーガレットを満足させられない。マークと話すマーガレットは、とても綺麗で可愛いよ」


「なっ……」


「そんな顔、僕の前ではしたことないもんね。ま、そうさせたのは僕だけど。マーク、マーガレットを頼むよ。不幸にしたら、許さないから」


「お任せ下さい。世界一幸せにしてみせますよ。陛下も、シルビア様とお幸せに」


「どうかなぁ。今後は彼女次第だよ。多分、たくさんの領地が独立するから、ますますうちの国は貧乏になる。お金のない僕がシルビアに好かれるか、分からないよ」


「シルビア様は、フィリップの本心を知らないの?」


「……全ては、話してないかな。さすがに影が聞いてるのに、父上を引き摺り下ろしたいなんて言えないよ。今は影も僕のものだから父上と母上を見張らせてるけどね」


「初めて仕事をシルビア様に教えた日、なんだか変だと思ったの。シルビア様は、人目がある時だけフィリップに擦り寄るのよ。けど、城じゃ見張られてるし、シルビア様には侍女がべったりだし、ちゃんとお話し出来なくて。わたくしも早くフィリップと縁を切りたくてあまり疑問に思わなかったの」


「シルビア様は、あの家の中ではきちんとしておられます。ですが、周りに影響されやすい方でもありますね。フィリップ陛下次第では、王太后様のようになられるかもしれません」


「それだけは嫌だ!」


「でしたら、陛下の御心を包み隠さずお話しなさる方が宜しいかと」


「僕の……言葉?」


「ええ。なぁマーガレット、今の陛下はどうだ?」


「素敵な国王陛下だと思うわ。独立した事を後悔しちゃいそう」


「マーガレットはお世辞は言いますけど嘘は言いません。俺も、マーガレットと同意見です。ハリソン公爵家の独立は必要だったと思いますけど、ルーク様も早まったかなと呟いておられましたよ」


「あの厳しいルークが……?」


「ええ。素晴らしい戴冠式だったと聞きました。陛下のお言葉は多くの貴族の心を打ったと思いますよ」


「そうね。うちは独立するけど、他はしないんじゃないかしら」


「だと良いけど……」


「陛下は強いリーダーです。俺が保証しますよ」


「フィリップは変わったわ。それにね、シルビア様は覚悟を決めればとっても強いと思うわよ。わたくしに対するライバル心は強いけど、なんだかんだ真面目な人みたいだし、実家と距離を置けば上手くいくのではないかしら」


「そうですね。あの牧場は潰すべきです」


「ははっ。貴族の領地を牧場呼ばわりか。さすが世界一の商人は豪快だな。確かに、あの家はあまり良くないようだ。僕がシルビアと親しくなってから、調子に乗っている。あの場で、高位貴族を無視して発言するなんてありえない」


「そうね。まるでシルビア様とフィリップの結婚が決まったかのような態度だったわ」


「そんな事、一言も言ってないのにね。ここらで少しお灸を据えた方が良いだろう。マーク、また指導を頼むよ」


「承りました。実はこのような物を持っておりまして……」


「これは! 帝王学の権威の……」


「潰れた国の財産整理を頼まれた時に、紛れ込んでしまったようでして。王族のみが所有する品ですので、開くのも恐れ多く、販売もできずに困っておりました。在庫処分のような言い方をしてしまいましたが、価値ある品です。未来ある国王陛下に、即位のお祝いとして贈らせて下さい。どうか今後もご贔屓下さい」


「ありがとう! どんな宝飾品よりも嬉しい贈り物だ。マーガレット、見ていて。僕は立派に国を治めてみせる。だからたまには、遊びに来てよ。マークと一緒なら、平民でも城に入れるからさ」


優しく、甘いだけだと思っていたフィリップは、変わったわ。今のフィリップは、とても魅力的だ。

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