第11話

あれから三ヶ月。

毎週のようにシルビア様を連れて城に行き、仕事を教える。シルビア様は頭が良くて、一か月もすれば指示しなくても仕事をするようになった。


彼女は人に注目されるのが嬉しいみたいで、積極的に役人達に挨拶をするようになり、侍女のふりをする事もなくなった。今では、ドレス姿で堂々と城に出入りしている。


フィリップは毎回、シルビア様にベッタリだ。城に来る時は出迎えて、帰るまで離れない。浮気してますって堂々と言ってるようなモノじゃない。


シルビア様の父上はすっかり調子に乗って、娘を褒め称えているみたい。シルビア様も、最初は警戒していたけど、わたくしが文句ひとつ言わず丁寧に仕事を教えるものだから、なにも言わなくなった。仕事は真面目に覚えてくれる。多分、我が家の分が無ければなんとかなる。


シルビア様の侍女に、マークが偽情報を渡しているから、シルビア様の中では、わたくしは気の弱いフィリップにベタ惚れの令嬢って事になってるらしいわ。シルビア様はともかく、彼女の家は本当に厄介。城に入れないのに、無理矢理国王陛下に謁見しようとしたり、わたくしに危害を加えようとしたり。


ま、計画の時点で全部潰されてるけどね。裏社会の者達はマークを敵に回す事だけはしない。わたくしの暗殺を請け負ったら、徹底的に潰すと脅してるらしいわ。おかげで、依頼が来たらすぐ情報が集まる。失敗の報告をして、誤魔化してくれている。何人かリーダーにも会ったけど、こりゃ無理だわと豪快に笑われた。


意味が分からなかったけど、後からこっそりダニエルが理由を教えてくれた。マークがわたくしにべったりだったから、笑ったのだそうよ。うぅ……また顔が赤くなってしまうわ。


親友のエレナが聞いたら大笑いしそう。


わたくしが何をしているのか。分かっている人は分かってる。わたくしが笑顔でシルビア様を受け入れる姿を見て、我が家が独立すると察した役人達が雇ってくれと直談判しに来たわ。


全員、お兄様に引き合わせている。次期当主が出て来るくらい、我が家は本気だと察して貰う為だ。お兄様に面倒をかけてごめんなさいと謝ったら、そんな事で謝らなくて良いと抱きしめてくれた。


お兄様の優しさが、とても嬉しかったわ。


フィリップとシルビア様は、自信満々に働いている。雇ってくれと言ってきた役人達に根回しをして、フィリップとシルビア様の良い噂を流してもらっている。逆にわたくしは無能だと思ってもらえるよう、問題のない範囲でわざと仕事を失敗しているわ。シルビア様がわたくしのミスを嬉しそうに指摘する日も増えてきた。


今では、我が物顔で城を闊歩している。常にフィリップが付き従いエスコートするんだから、嬉しそうにいちゃついてるわ。


それだけ大きな顔をしていても、王妃様は怖いらしくて……。いつもわたくしが王妃様に呼び出されている時だけ、シルビア様が現れる。


絶対フィリップが連絡してるのよ。コソコソ人を呼んでる姿をいつも見るもの。隠すのが下手ね。


おかげでわたくしは王妃様から毎日のように嫌味を言われていたわ。成長した息子の良い評判が耳に入るようになると、わたくしを呼び出して物理的にいびるようになった。紅茶をかけたり、物を投げつけたりね。紅茶は冷めてるし、投げつける物も柔らかい物ばかり。だからそこまで辛くはない。


王妃様は、箱入りお嬢様だから思いつく嫌がらせなんてこの程度。でも不快よ。さっさと終わらせたいわ。


マークが見せたネックレスとタイピンは、値段が値段だから即購入とはいかなかった。だけど、一度見せておけば王妃様の頭の中はあのネックレスでいっぱいになってしまったみたい。欲しい物が買えない苛立ちを、わたくしにぶつけていたようにも見える。


マークは、ネックレスを見せただけで積極的に売ろうとはしなかった。各国の王侯貴族に見せているが、高額なのでなかなか売れない。だが、こんなに良い品を値引きはできないからいつか売れるのを待っている。いずれ金が出来た人が買ってくれると伝えてあるらしい。


マークが毎月御用伺いに行くたびにあのネックレスは売れたかとしつこく聞かれるそうよ。


そんな日々が三ヶ月経過して、ついに王妃様が身を引いて違約金を払えとわたくしを怒鳴りつけるようになった。最初から違約金に目を付けていたみたいだけど、わたくしに仕事をさせないといけないからと国王陛下に止められていたらしい。


国王陛下も、息子の成長を喜んでいてシルビア様をこっそり呼び出して話をしているみたい。なんで知ってるのかって?


シルビア様の侍女が堂々とわたくしに言うからよ。


シルビア様は、わたくしをライバル視してきたり、真面目に仕事に取り組んだりしている。彼女自身の性格は結局分からないままだけど、侍女の質は悪いわね。シルビア様に付き添っている間、わたくしをずっと馬鹿にしてくるの。


シルビア様は王妃に向いてると思う。人格スイッチでもあるのかと思うくらい切り替えが上手だもの。真面目な彼女と、挑戦的な彼女。本当のシルビア様はどっちなのかしらね。


ただ、フィリップと三人だけで過ごす時は穏やかな人になる気がする。


その程度で信用する事は出来ないけど、もしかしたら……。


微かな期待をしたけれど、彼女の発言で以前のようにフィリップが迷っては困る。シルビア様がご不在の今のうちにケリをつけましょう。フィリップを訪ねて、婚約破棄を訴える。


もう、国王陛下の影に聞かれても構わない。独立の事だけは口にしたらまずいので、察して貰いましょう。影は、事実しか報告しない。国王陛下がおかしいと思わない程度の言葉を使う。フィリップなら、きっと気が付いてくれる。


「フィリップ……わたくしもう限界よ。シルビア様は仕事が出来る。わたくしより優秀よ。みんなそう言ってるでしょ。お願い、婚約破棄を受け入れて。お父様やお兄様は説得したわ。フィリップが約束を守ってくれるなら、違約金を払うと言ってくれた。フィリップはシルビア様を愛しているのでしょう?! 愛する人を正妃にするべきよ! さすがのフィリップでも、シルビア様を正妃にしてわたくしを側妃にするなんて愚かな事は言わないでしょう?」


そんな事をすれば、お父様とお兄様がキレて戦争になる。家を蔑ろにされたら黙っていられないもの。それに、伯爵令嬢を正妃に、公爵令嬢を側妃にすれば、高位貴族が王家に牙を剥く。


最近は、城に来ても高位貴族の姿を見ない。


いざという時、自分達の領地を守る為に準備をしているのだろう。


さすがのフィリップもわたくしを側妃にすれば、どうなるか分かってる。シルビア様はフィリップがわたくしを側妃にすると言い出すのを待ってる素振りがあるけど、フィリップはそんな事、決して言わない。


彼は生まれながらの王太子だ。確かに甘いけど、王家と貴族の力関係を正しく理解している。伯爵家では知り得ない事を、わたくしやフィリップは知っている。


フィリップは、わたくしの言葉を肯定するしかない。


「……確かにそうだけど……」


「王妃様に身を引いて金を払えと言われたわ。国王陛下もシルビア様を気に入っているのでしょう?! なら良いじゃない!」


「母上が……そんな事言ったのか?」


「言ったわ。違約金で買いたい物があるのですって」


「さすがにそれは駄目だ! 母上を叱ってくる! マーガレットの家が違約金を払う必要なんてない!」


フィリップは、自信をつけると少しずつ自分の意見を言えるようになった。三ヶ月前はシルビア様の傀儡のようだったけど、今は立派な王太子だ。


シルビア様の事に関しては思慮深さがないけどね。


婚約者がいる王太子が別の女性を嬉々としてエスコートするなんて、愚かだと思うわ。けど、フィリップを叱りつける筈の両親は、わたくしに嫌味を言うだけで息子を叱る事はない。


フィリップは親から叱られないから、問題ないと思っている。最近、シルビア様の侍女が態度が悪くてイライラするのよね。シルビア様はいつも通り自信満々なんだけど、侍女達はわたくしを堂々と馬鹿にするのよ。


シルビア様の侍女が、わたくしを側妃にして我が家から金を吸い出せば良いと笑っていたそうよ。すっかりマークを信用して、なんでも話してくれるんですって。


そんな話を聞いてると、シルビア様が好きになれなくて困っている。彼女は少し気は強いけど、ちゃんとしてるように見えたんだけど……。


『あの牧場は、徹底的に解体した方が良いぜ』


マークはお気に召さないらしい。高価な品をプレゼントした時、人の本性が分かるんですって。シルビア様のお家は、最低の部類だと言ってたわ。


国王陛下はシルビア様を気に入ったみたいで最初から彼女を歓迎してたけど、王妃様が怒ってわたくしに文句を言うの。だから……シルビア様の家が我が家と変わらないくらいお金持ちだと誤解するように、様々な偽造工作をしたわ。王妃様がわたくしを手放したくないのは、お父様にお金を出して欲しいから。あの方は贅沢がお好きだもの。


シルビア様の所持品や衣類は最高級の物をご用意した。マークが次期王妃に相応しい品をご提供しますと言って、格安で高級品を売っているのだ。シルビア様は、王妃様と同じくらい高級な品に身を包んでいる。更にマークが、伯爵の名で贈り物を王家に届けている。


国王陛下も王妃様も、お礼状なんて書かない。王族同士のやりとりならフォローする宰相様も、個人的に付き合ってる商人が渡した贈り物までは感知しないから、マークの行動が怪しまれる事はなかった。


王妃様と国王陛下はシルビア様の家がお金持ちだと信じきっている。普通、税収とか色々調べるんだけどね。あの人達は、そんな事しない。念の為に、偽の資料も用意しておいたんだけど使われる事はなかったわ。


あの人達は息子に良い顔をしたいから、我が家が王家に金銭支援している事は極秘だ。知ってる人は知ってるけど、フィリップは知らない。


「違約金は必ずどちらかが払わないといけない。王家に違約金を払う余裕はないわ。グダグダ言ってたら、シルビア様と結婚出来なくなるわよ。我が家の資産は無くなるけど、約束を守ってくれるならなんとかなる。ちょうど良い落とし所はここしかないわ」


「分かった。確かにそうだね。違約金を払わせる事になってごめん。ちゃんと、後始末するから」


「後始末?」


「なんでもない。とにかく、マーガレットの有責で婚約破棄するよ。貴族が集まるのは明日だから、明日決める。父上も了承してくれた。シルビアとの婚約も発表しろって言われたけど、それは彼女が帰って来てからで」


「そうね」


シルビア様は、卒業旅行に行っていてしばらく帰って来ない。フィリップが人目を憚らずシルビア様とベタベタするから、彼女に群がる令嬢は増えているわ。令嬢達と交流を深め、味方を増やしましょうとマークが入れ知恵して旅行をセッティングしてくれた。


お金は、きっちり回収したそうよ。先行投資だと即金で払ってくれたみたい。


わたくしに連絡をくれたのは、親友のエレナだけ。他の公爵令嬢達は、シルビア様に近寄らずわたくしにも接触せず、傍観者に徹する事にしたらしい。


ま、そうなるわよね。

数年様子を見て、我が家が順調そうなら他の貴族も独立を考えるのではないかしら。


フィリップがその事に気が付いたら次のプランに移行しないといけなかったけど、幸いフィリップは気が付いてない。これならシルビア様がいない間に婚約破棄と独立までいけるわ。


フィリップは真面目だから、彼が国の最高責任者になれば無駄遣いを抑えてくれる。最初はキツイかもしれないけど、我が家が独立すれば規模が減るから運営もしやすくなる。わたくしとフィリップが別れるなら、我が家は独立した方が良い。


それくらいしないと、他の高位貴族の不満を抑えられないもの。


国王陛下は、我が家が独立する事を絶対に認めない。だからまず、フィリップを国王にするわ。


その為の根回しは済んでいる。国王陛下のお気に入りの愛妾に、城を出てのんびりしたいと囁いて貰ったのだ。彼女は国王陛下に嫌気がさしていて、愛妾をやめたいらしいのよね。


だから、城を出る時にこっそり逃すと約束した。


愛妾と気兼ねなくいちゃつきたい国王陛下は、あっさりフィリップに爵位を譲ると決めた。まだ公表されてないけど、公爵家と侯爵家は知ってる。


王妃様は、鬱陶しい国王陛下がいなくなって自分が国母として権力を行使できると大歓迎。


フィリップのやる事は全て正しいと言って威張ってるわ。ふふ、ならフィリップの決定には従って貰わないとね。


「明日、僕が即位したらすぐ約束を果たす。それまで誰にも言わない。それくらいしか、僕に出来る事はないんだよね。ごめんね」


「充分よ。フィリップが自分の意思を持ってくれて本当に嬉しい。わたくしでは駄目だった。大変な事もあると思うけど、シルビア様と支え合って頑張ってね」


「ありがとう。ごめんね、マーガレット」


「良いのよ。結婚式はシルビア様と行うのでしょう? 楽しみね」


まだ我が家が援助したお金が残ってる。素敵な式になるでしょうね。ま、わたくしにはもう関係ないけど。そう思っていたら、フィリップがとんでもない事を言い出した。


「式に出席してくれるよね?」


「え、無理に決まってるでしょ。シルビア様だって、わたくしが参加したら嫌がるに決まってるじゃない」


「そうなの? マーガレットは十年も王家の為に尽くしてくれたし、僕の晴れ舞台を見て欲しかったんだけど……」


は、れ、ぶ、た、い?

わたくしはフィリップの親ではないわ。


そんなもん、見たくない。


イラッとした時に浮かんだのは、マークの意地悪そうな笑みだった。


「無理。フィリップが優先しなきゃいけないのはわたくしじゃなくてシルビア様よ。わたくしが式に来たらシルビア様は嫌がるわ。フィリップは優しいから、大切な伴侶を蔑ろにはしないでしょ? お祝いだけ贈らせて頂くわ」


「そうか。分かったよ。マーガレットにもいい人が現れると良いね」


「そうね。お互い幸せになりましょ」


確かにわたくしは、貴族に向いてない。

貴族なら、王族の依頼を断ってはいけないもの。


……決めたわ。わたくしは絶対、幸せになってみせる。


帰りの馬車で、マークから貰った指輪を身に付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る