第10話

「その顔は、なんか失敗したな?」

「うん。婚約破棄、駄目かも」

「……そうか。まさかと思うがあのお嬢さんの前で婚約破棄の話をしたんじゃねぇよな?」

「……ごめん、話した。もしかして、ダメだった?」

「子羊は、ハリソン家が独立したらまずい。そう思ってるみたいだぜ」

「しまった……だからわたくしに正妃になれって言ってきたのね。シルビア様の前できちんと話をして正妃になる覚悟を決めてもらおうと思ったのよ。けど、あの子が王妃で大丈夫かしら。シルビア様は黙って自分の意見が出るまで待ってくれるなんて言ってたけど、シルビア様がフィリップを誘導してる。あのままじゃ、国王はシルビア様になってしまうわ。確かにあの子は仕事が出来る。わたくしと違って単純作業は早いわ。けど、それだけでわたくしがやってきた事を全て理解したと思われても困る」


シルビア様を認めたくない。そんな気持ちがあるせいでどうにも彼女への評価が厳しめになってしまう。誰にも言えないけど、マークの前では、こんな毒も吐ける。


「……マーガレットは動き回ったりアイデアを出したりするのは得意だけど、デスクワークやルーチンワークはあんまり得意じゃねぇもんな」

「だからマークに協力して貰って、やりやすいように様式を整えたのよ。お膳立てされた所だけ見てわたくしが大した仕事をしていないと判断されるのは腹が立つわ」

「そりゃそうだな。けど、マーガレットの仕事を知ってる奴らは知ってる。今日、納品に行ったら役人が怒ってるのを見たぜ。マーガレットを蔑ろにする王子が許せねえ。辞めたいって言ってた。味方はいるよ。それに、あちらさんがマーガレットを侮ってくれりゃ好都合なんじゃねぇの?」

「でも、なんだか腹が立つのよ」

「……ならプランBでいくか」

「そっちの方が良いわ。王妃様の好きそうな品は用意できた?」

「ああ、これだ。どうだ?」


マークの出してきた品は、美しいダイヤモンドがあしらわれたネックレスだった。


「素敵! これなら王妃様は絶対気に入るわ!」


マークがニヤリと笑ってネックレスをパカリと開けた。中には、物が入れられるようになっている。


王族や貴族は毒殺を警戒してあちこちに解毒剤を仕込む。このネックレスには、高名な薬師が作った解毒剤が5錠も入っていた。


ネックレスは、我が家が払う違約金と同じくらいの金額になる。プランBでは、派手好きの王妃様にお金を使わせて我が家の違約金が欲しいと思わせる作戦だ。シルビア様が優秀で、わたくしと同じ事が出来ると思わせるのも忘れない。わたくしを手放したくない国王陛下が高額に設定した違約金は莫大な金額。王家の金庫を全てひっくり返しても、我が家の違約金より安い。


どうしても宝石が欲しい王妃様は……どうにかしてお金を作ろうとする。その時、都合良く息子に愛想を尽かしたわたくしが、婚約破棄で良いから縁を切りたいと泣きつけば……うまくいく可能性は高い。


この作戦は、違約金と同じ金額の宝飾品を用意する事が出来るかどうかがキーポイントになる。城すら買える金額の宝飾品なんて、滅多に存在しない。だけどマークは、たった一日でこんなに凄い物を用意してくれた。


マークが丁寧に商品説明をしてくれる。商品を売り込む時のマークは、目が輝いていてとても素敵だ。


「この解毒剤だけで、城が買えるわよ」

「さすが、お目が高い。ぶっちゃけ、このネックレスの値段の三分の一は薬代だ」

「三分の一……だから値段が跳ね上がったのね。上手いやり方だわ。きっと王妃様も気に入るわ。デザインも素敵だし、宝石も上質だもの」

「だろ? んでこれが、国王陛下のネクタイピン。これも、解毒剤が入れられる。両方足せば違約金と同じくらいになる。俺は明日、これを売り込みに行く。毎月同じ日にご機嫌伺いしてるから疑われる事はねぇだろ」

「なら、その直前にわたくしが王妃様に婚約破棄の相談をするわ」

「違約金は莫大な金額で、公爵家の財産の半分はいく。けど、俺が払うんだから問題ねぇ」

「なんだか騙してるみたいだけど……」

「みたいじゃねえ。騙してるんだよ」

「ふふ、そうね。なんだか楽しくなってきたわ」


マークと話していると、無理をしなくて良いからとても楽だ。彼の豊富な知識は、わたくしに刺激を与えてくれる。


「ねぇマーク、このネックレスはどこで手に入れたの?」

「……本当は、マーガレットの結婚祝いに渡すつもりだったんだ」


頬を染めて俯いたマークは、今まで見た事のない顔をしていた。不覚にも、ときめいてしまったわ。


……恋の始まりって、こんな感じなのかしら。

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