第9話

次の日、約束した時間を三十分過ぎて、シルビア様が現れた。一人で来いと言ったのに、侍女を三人も連れて来た。


「……あ、あの。よろしくお願いします……」


「城には侍女を一人しか連れて行けないの。だから、他の人は帰ってもらう。あなたは今日だけはわたくしの侍女。良いわね?」


「……はい」


シルビア様は、不満そうな顔を隠そうともしない。イライラするわ。


「お嬢様、お仕着せに不備がございました。着替えて頂いた方がよろしいかと」


マークが、お仕着せを持って来た。間に合って良かったわ。わたくしは不満そうな演技をして、マークの言葉を受け入れる。


「……わかったわ。城で疑われても困るし、そうしてちょうだい。部屋を貸すわ。十分で着替えなさい」


「はい」


マークからお仕着せを受け取った侍女が、歪んだ笑みを浮かべた。触れば分かる。マークが一晩で用意したお仕着せは、絹だ。使用人のお仕着せに使う物ではない上質な絹。シルビア様の侍女は、自分の都合が良いように想像してくれるだろう。


お仕着せの中に、未来の王妃様には質の良い品がお似合いです。どうか今後ともご贔屓下さいと書かれたメモが入っている。


シルビア様は、侍女を全員連れて部屋に入った。一人くらい残してわたくしを見張ると思ったんだけどね。甘いわ。


マークは、ニヤニヤ笑ってる。


「……悪い男ね」

「こんなもんで騙されてくれりゃ楽なんだけどな」

「どうかしらね。少なくとも、侍女は騙せてるわ。あの子達を上手くもてなしてちょうだいね」

「任せとけ。そっちも上手くやれよ」

「ええ、早めに終わらせるわ」


あれから、マークと話し合いをした。

婚約破棄で良いなら話は簡単だ。シルビア様に、仕事内容を説明する。学園トップの知力があるなら、一日である程度の流れは掴めるだろう。


フィリップも来る事になってるから、フィリップにも仕事を教える。わたくしがしてる仕事は本来ならフィリップの仕事だ。


だから、フィリップも出来て当たり前。


以前は量が多いと騒いでいたからわたくしが手伝っていたけど、いつの間にか全てわたくしの仕事にされてしまった。前のフィリップはそんな人じゃなかったのに、どうしてしまったのかしらね。


フィリップはやれば出来る人だ。シルビア様の為な頑張るって言ったし、自信をつけてもらうわ。そしたら安心して婚約破棄してくれるでしょう。


マークがシルビア様の事を調べた結果、シルビア様の本音は分からなかったけど、父親は娘を王妃にする気満々みたい。マークに暗殺者を手配しろって言ったらしいわ。


わたくしを殺そうとするなんて、とんでもない人だわ。お父様やお兄様が怒ってたし、わたくしも腹が立ったから後でしっかり報復するつもりよ。死んだふりをする事も考えたけど、そんなのつまらない。お兄様とお父様も巻き込んで、一気に終わらせる事にしたわ。


シルビア様とフィリップに仕事を教えるのは簡単だった。シルビア様は、これくらいなら出来ますと挑発的な事を言い出した。


フィリップも真面目にやっていたけど、仕事が少なくなっている事には気が付かなかった。余裕そうだったわ。フィリップは仕事が出来たはずなのに、なんでサボるようになっちゃったのかしら。最近は忙しくて話す暇もなかったけど、以前はこんな人じゃなかったのに。シルビア様も、わたくしを敵視してるけど真面目にやっている。


けど、フィリップが迷うとすぐシルビア様が口を出すのが気になるわ。それに、なぜか人が来ると二人で甘い雰囲気を作り出していちゃつくのも変。


フィリップの様子が、なんだかおかしい。シルビア様を愛しているのは本当だと思う。けど、なんだか無理してるように見える。シルビア様も、人がいる時だけ、わたくしに敵意を向ける。


フィリップが馬車まで送りに来てくれたので、婚約破棄で良いから早く別れましょうと囁くとシルビア様の顔色が変わった。フィリップは受け入れてくれたけど、シルビア嬢は『今まで尽くしてきたマーガレット様を蔑ろには出来ません。わたくしは側妃としてフィリップ様を支えます』なんて面倒な事を言い出した。


そのせいで、フィリップも迷い始めてしまった。あのおバカ! お人好し!

マーガレットが正妃なら良いのかな。なんて言い出した時はキレそうだったわ。


フィリップって、こんなに頼りなかったかしら? 優しい良い人だったけど、芯はしっかりしてたと思うんだけど。


恋は人を変えるって本当なのね。


「それでは、またお仕事を教えて下さいませ」


そう言って、シルビア様は帰って行った。勝者の笑みを浮かべていたわ。


マークの接待を受けた侍女達は、肌がツヤツヤになっていた。


「……ええ、わたくしは疲れたから寝るわ」


「お嬢様。その前に頼まれていたお兄様の誕生日プレゼントをご用意しましたので、見て下さいますか?」


「分かったわ」


侍女達がわたくしを馬鹿にした目で見てくる。商人が顧客の買い物情報を漏らすなんてあまりない。マークは、嫌々わたくしと取引をしているんだろう。そう思わせる為の行動だ。


子羊達を見送り、馬車が見えなくなった瞬間ため息を吐いた。

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