第8話

「その顔は、旦那様を説得出来たようですね。おめでとうございます」


「……ありがとうございます。しかし私は……」


「お嬢様、優秀な商人にはちゃんと報酬を与えるべきですよ」


そうよね。ダニエルのおかげで分かった。わたくしは、マークに好意をもっている。好きかどうかは分からない。けど、他の男性とは違う何かを彼に感じてる。


「マークに、わたくしを口説く許可をあげるわ」


いつも冷静沈着なマークが、涙を流して喜んでいる。こんなマークの顔……見た事ないわ。


わたくしの知ってるマークは、いつも冷静で、頭が良くて……あれ、でも一度だけ……。


『とうさんが、しんだ。家を取られる……なぁ、お前、貴族様だろ! 俺に投資してくれよ!』


急激に過去の記憶が蘇る。幼いわたくしに直談判してきた子ども。その子に、気まぐれに……身に付けていた靴をあげた。


貴族は、平民に施しをしないといけない。習ったばかりの教えを実践したくて、屋敷を抜け出した。家の前をウロウロしていた子どもに靴をあげて、わたくしの冒険は終わったわ。


すっかり、忘れていた。

あの時の子どもは、靴をあげたら泣いてた。


今のマークの泣き顔とそっくり。


「マーク……もしかして……わたくしが靴をあげたのは貴方?」


「ようやく思い出してくれたのか。投資した分はまだ返せてねぇ。なぁ、俺と結婚してくれよ」


「……ずいぶん強引なプロポーズね」


「こういうのも、好きだろ? 俺はお買い得だぜ。金はあるし、人脈もある。俺がマーガレットお嬢様に求める事は何もねぇ。少なくとも、この国の王族より贅沢な暮らしを約束する」


「どれも、わたくしの要らないものね」


「なっ……!」


「ふふ、口説く許可はあげたけど、マークと結婚するとは言ってない。まずはわたくしを満足させてちょうだい。そうしたら……この指輪を付けても良いわ」


「ちぇ、手強いお嬢様だぜ。ならまずは、マーガレットお嬢様を自由にしないとな」


「口説くんだから、マーガレットで良いわ。いちいちお嬢様呼びをするなんて、情緒がないじゃない」


「分かった。ならこれからは俺のやり方でやらせて貰う。すぐにそれを指に付けたいと思わせてやるよ」


「……素敵だけど、ちょっと強引だわ。もっと優しくしてちょうだい」


「くっそ、我儘お嬢様め!」


「まぁ、マークってばそんなに乱暴な言葉遣いをするの?」


「……口説くんなら、本来の俺を見てもらわないと意味ないだろ。安心してくれ、身体は鍛えたけど暴力なんてしねぇから」


「そんな事したら、私がマークさんを始末してあげますからご安心下さい」


「まぁ、ダニエルがそう言うなら安心ね。ひとまず、わたくしが自由になるように頑張りましょうか」


「その事なんだけどな、公爵様の許可が取れた。婚約破棄でも構わないそうだ」


「婚約破棄なんてしたら、うちが違約金を払わないといけないじゃない」


王家との契約は、必ずどちらかが婚約破棄の慰謝料を払うと記載されている。あの強欲な国王陛下と王妃様がフィリップの非を認めるとは思えない。それに、王家に違約金を払わせたら王家の財産はゼロになる。


あんな人達どうでも良いけど、民が飢える事だけはあってはならないわ。


「違約金は俺が払う。マーガレットと結婚出来るなら全財産を払っても構わない。それに俺は商人だ。損する支払いはしねぇ」


「……なるほど、違約金を払ってもそれ以上の物を得られる方法があるのね。わたくしがマークと結婚しなくても損はしない、それくらいの計算はしてるわよね?」


「当たり前だ。俺は商人だぜ。損をするのが大っ嫌いなんだ」


「ふふ、良いわね。わたくしは素晴らしい投資をしたみたいだわ。ねぇマーク、それならわたくしは思いっきり悪役になってみようかしら。貴方はわたくしの評判が悪くなっても気にしないでしょ?」


「マーガレットが世界一の極悪人でも、俺はマーガレットに惚れたと思うぜ」


「……あら、素敵な台詞ね。でも残念。そうじゃないわ」


「お嬢様の評判が悪くなっても、私だけは本当のお嬢様を知っています。お嬢様は悪ぶっていても、本当に悪い事が出来るお方ではない。だから私はお嬢様を信じます。間違っていると思えば、全力でお止めします。安心して、突き進んで下さいませ」


「さすがダニエル、素敵だわ」


「お嬢様、やはり私にしておきませんか?」


ダニエルが笑う。


「……なっ……! 待って! 待ってくれマーガレット!」


マークが慌てている。なんだか可愛いわ。ダニエルはわざとマークを挑発したんだろう。彼はたまに、そんな悪戯をする。


「安心して。わたくし、二股は嫌いなの。今のところ口説く許可を出したのはマークだけ。本来のマークの姿を見せて。小説の台詞を真似しなくて良いわ」


「……これ……知って……!」


「ふふ、わたくしは恋愛小説は好きだし、素敵なデートもしてみたい。けどね、モノマネは嫌いなの」


こう言えば、マークは全力でデートプランを考えてくるだろう。憧れのデートはあるけど、予想できたらつまらないじゃない。


「分かった。なら、これからは俺のやり方で全力で口説かせて貰う。マーガレットはどんな宝石よりも輝いてる。愛してるよ」


「素敵な言葉ね。これから、楽しみにしてるわ。嫌ならすぐに振ってあげるから安心して」

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