第7話

「お嬢様、冷たいレモンティーをお持ちしました」


ダニエルが、いつもと違うお茶を持ってきた。


「……ダニエル……」


「お顔が真っ赤ですよ。少し冷やした方がよろしいかと」


「……う、うん。ありがとう」


駄目だわ。さっきからマークの顔が頭から離れない。


「お嬢様が、そんなにマークさんを好いているとは思いませんでした」


ダニエルの言葉に動揺して、お茶をこぼしてしまった。


まるでわたくしがお茶をこぼすと分かっていたかのように、ダニエルが手際よく後始末をしてくれる。


「……分からないの」


「おやおや、お嬢様に分からない事などないと思っておりました」


「いっぱいあるわよ! 知らない事だって多いし、うまくいかない事もあるし」


「そんな時、助けてくれるのはいつもマークさんでしたね」


確かに、困った時はいつもマークが助けてくれた。必要な物資や情報を集めてくれて、時にはわたくしに指導もしてくれる。


多くの人々を雇うマークは人身掌握術に長けている。彼は、人は強くて弱いと言っていた。


目的の為に努力する者もいるが、変わらない明日を望み変化を嫌う者も多い。王家はまさにそうだと。


今日と同じ贅沢が明日も出来ると信じて疑わない。贅沢には金がかかるのに、その金がどこから来るか考えもしない。城の者達も、毎日変化のない仕事をして給金が貰えれば良いと考えている者が多い。


「……そうね。けど、ダニエル達もたくさん助けてくれた」


マークはいつもいるわけじゃない。ダニエルやリリーは毎日わたくしを支えてくれる。


「やっぱりお嬢様は素晴らしい人ですね……マークさんが嫌なら、私はいかがですか?」


「へっ?!」


「冗談ですよ。お嬢様を制御できる人なんてマークさんくらいでしょう。私はお二人の会話を聞いていても、半分も理解できていませんからね。それに、お嬢様は貴族に向いてません。王族なんてもってのほかです。さっさと逃げたほうがよろしいですよ」


「ふふ、そう思う?」


確かに、マークと話すのは楽しい。動揺してしまったけど、マークに口説かれたのは嬉しかった。


ダニエルもそう思ってくれたのかしら。


「ええ。お嬢様は自由になればよろしいかと」


自由……か。

そんなもの、考えた事もなかった。


「わたくしは貴族よ。自由なんてない」


たとえ婚約が解消されても、わたくしに出来るのはお父様が決めた相手の中から選ぶ事くらい。


「お嬢様らしくありませんね。散々マークさんと狡知なやりとりをなさっていたではありませんか」


「ちょっと……それ褒めてるの? 貶してるの? どっちよ」


「どちらも、ですね。少なくとも、あのお花畑と過ごしている時よりは楽しそうですよ」


「……そりゃ、そうよ。議論を戦わせる事が出来る相手と、何でもかんでも助けてと言うだけで自分の頭で考えない相手なら前者と話す方が楽しいに決まってるわ」


「愚問でしたね。では、私はどうですか? あのお花畑と私、どちらがよろしいですか?」


「そりゃ、ダニエルよ。ダニエルは知識も豊富だし、頼りになるし、わたくしの知らない視点も持ってる。話してて疲れないし、むしろ活力が湧いてくるわ」


今までは、フィリップ以外の男性を褒めないよう気をつけてきた。けど、もういい。


そんな事聞いてくるなんて、ダニエルは意中の女性でもいるのかしら?


「なら、私でも良いでしょう? マークさんは確かに有能で、賢くて、強かです。でも、私の方がお嬢様と過ごす時間は長い。お嬢様の事を分かってるのは、私だと思いますよ」


「……へ?」


思わず間抜けな声を出してしまった。ダニエルはクスクス笑いながら、わたくしの耳元で囁く。


「ねぇお嬢様、俺にしておきません? 俺は、お嬢様が好きですよ」


な、なにこれ!

今までこんな事なかったわよ!


まるで恋愛小説みたいじゃないの!


頭の中に、マークの笑顔が浮かんでくる。完全に混乱しているとダニエルが笑った。


「残念、似合わない言葉遣いをしてみたのですが私では駄目なようですね。本気ではありませんからご安心下さい。これで鈍感なお嬢様もご自身の気持ちがお分かりになったでしょう? 旦那様とルーク様はお嬢様の味方です。この屋敷にはお嬢様の幸せの為に力を尽くす者達が揃っております。それに……マークさんなら全財産を投げ打ってもお嬢様を手に入れようとなさいますよ」


ダニエルがそう言って微笑むと、扉をノックする音がしてマークが入室の許可を求めてきた。


わたくしの許可を得ずに、ダニエルがさっさと扉を開けると、真っ赤な顔をしたマークが立っていた。

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