第6話 マーク視点
「マークさん。旦那様がお呼びです」
お嬢様に商品を勧めて帰ろうとすると、ダニエルさんに呼び止められた。やっべ。もう伝わってんな。さすが有能執事。
先を越されて怒ってるよなー。
けど、先手必勝だ。マーガレットの外見はクールビューティだけど、中身は乙女だからストレートな愛の言葉が効く。きっと今頃、俺の事で頭がいっぱいになってるだろう。
「分かりました。伺います」
不機嫌なダニエルさんと歩くのは居心地が悪りぃけど、これくらい我慢しよう。多分この人、内心めちゃくちゃムカついてんだろーなぁ。
平民の商人が王太子の婚約者を口説くなんて、前代未聞だもんな。
マーガレットを口説く為に爵位がいるんなら、伯爵までは用意できるけどよ。伯爵家と公爵家ならギリありじゃね? 色んな貴族が俺に借金してるからな。爵位を買うのは簡単じゃねぇが可能だ。膨れ上がって返せそうもねぇ額を借りてるお貴族様も多い。
爵位を売り買い出来るこの国は、爵位の価値が低い。俺みたいに、確実に支払いをしてくれそうな奴に売るのは悪い選択ではない。
「着きました。どうぞごゆっくり」
「……ダニエルさんは、入らないんですか?」
「私は大切な用があるので失礼します」
あーこれ、マーガレットのとこに行くな。
……ちぇ、ライバル登場かよ。ダニエルさんは子爵家の次男だったよな。ちょっと調べておくか。ま、それは後回しだ。
今はまず、どうやって生きて帰るか考えねぇと。
「よく来たな」
部屋に入ると、ハリソン公爵とマーガレットの兄上のルーク様が笑顔で待っていた。
チッ……! 部屋に入った瞬間、殺気を浴びせるんじゃねぇよ!
笑顔で殺気って、この人達くらいしか出来ねぇよな。こんなもんに負ける気はねぇけど。あの甘ちゃん王子なら気絶してんじゃね。
「いつも弊社をご贔屓頂きありがとうございます」
商人の仮面を被り、微笑む。こんなもので騙せるとは思ってねぇが、俺の武器はこれしかねぇからな。
「いつも滞りなく支払いをしていたはずだが、今日はずいぶん法外な報酬を要求したらしいな」
ルーク様が、獲物を見定めるように俺を睨みつける。怖えけど、これくらいは想定内だ。
俺は肩をすくめ、余裕ありげに微笑む。これは商談だ。
「くれ、なんて言ってませんよ。口説く許可を頂きたいとお願いしただけです。それに、まだ許可すら頂いていませんよ」
「まずは我々に話を通すべきだろう」
そんな事したら、手に入らないだろう。だから裏技を使ったんだよ。
「マーガレットは喜んでいた。貴様! いつからマーガレットを狙っていた!」
ルーク様はイライラした様子で俺に殺気を浴びせる。
そう。マーガレットは俺の事を気に入ってくれている。彼女の好みは強く優しい男。だから俺は、体を鍛えて紳士的な振る舞いを身に付けた。
「私は商人です。欲しいものが手に入るチャンスを逃すほど愚かではないのです」
マーガレットを十年も縛り付けておいて、あっさり他の女に靡くような奴と比べちゃいけねぇのは分かってるけどよ。俺は王太子より魅力がある男だと思うぜ。
公爵令嬢にアプローチされた事もあるし、伯爵家くらいなら、娘を差し出すから融資してくれって言ってくる。
全部丁重にお断りしてるけどな。俺が欲しいのは、マーガレットだけだから。
「幼い頃、マーガレットに助けて貰った恩は充分返せたと思うぞ。わざわざ娘の行く末まで心配して頂かなくても構わない」
公爵様の暗い声を聞いた瞬間、背中に一筋の汗が流れ落ちた。
あの事は、誰も知らなかったはずなのに。
淡々と微笑む公爵様は、俺に一枚の紙を手渡した。そこには、俺の生い立ちが事細かに書かれている。見覚えのある字だ。
……ダニエルさんか。
「本音を言え」
公爵様の圧がすげぇ。俺は覚悟を決めて、口を開いた。
「……俺は……出会った時からずっとマーガレットお嬢様が好きでした。彼女を守りたくて……商人になったんです。お願いです。俺にマーガレットお嬢様を口説く許可を下さい」
「お前は、平民だ」
「必要なら爵位を用意します!」
必死で訴える。金で用意できるものならなんでも用意してやる!
「……この国の爵位に、マークが汗水垂らして稼いだ金を出す価値はない」
公爵様が微かな笑みを浮かべた。ルーク様が悔しそうに口を開く。
「マーガレットは貴族に向いてない。お前が一生マーガレットしか愛さないと誓うのなら、我らの至宝を譲ってやる。ただし、マーガレットがお前を認めたら。だ。私は全力で邪魔させてもらう。少なくとも、現実の見えてない能天気な男よりお前の方が数倍良い。もう一人、良い候補がいたのだが……諦めるそうだ」
「……は……え……?」
なんで俺、簡単に認められてんの?!
もう一人の候補って、ダニエルさんだよな?!
「なんだその間抜けな顔は。凄腕商人ではなかったのか? 我が家より多くの資産を持ち、マーガレットの事を第一に考え、体を鍛えていて頭もいい。なにより、マーガレット以外の女性に一切靡かない。条件としては充分だろう。さっさと口説け。マーガレットは婚約破棄で良い。破棄なら、違約金を求められる。強欲な王家はすんなり婚約破棄を受け入れるだろうよ。もちろんお前が違約金を払ってくれるんだろう? 独立すれば、マーガレットの価値が上がって手に入らなくなるぞ」
「……かしこまりました。全力でやらせて頂きます。違約金も、もちろん私が払います。ハリソン家の至宝を手に入れる為なら、全財産を払っても構いません。金はまた、稼げば良いのですから」
「そうか。潔いな。よし、今度マーガレットも交えて夕食でもどうだ?」
「喜んで」
……俺は商人だ。目の前の宝石を逃すほど愚かじゃない。
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