第5話
「報告ありがと。仕事が早いわね」
「ようやく悪縁が切れるとの情報を得ましたので。おめでとうございます」
「……残念だけどまだ切れてないの。身の程を知ってる子羊は、スペアになりたいそうよ」
「さすが学園トップのご令嬢は賢い」
「こら、名前を出しちゃ駄目よ。面倒を押し付けたいだけよね。そんなのごめんよ」
「……しかし、あちらにとっては一番都合が良い形でしょう? そんな提案をする事も予想出来ていたのでは?」
「まぁね。その場合、最悪のシナリオになるから悩んでたんだけど、婚約者様が常識はずれな提案をしてこなくて良かったわ。跡を継いだら、わたくしを解放して下さるそうよ。わたくしだけじゃなく、お父様やお兄様もね」
「それはそれは……おめでとうございます。では、私もそろそろ報酬を頂きたいのですが」
「……そうよね。おいくら?」
「ご請求したいのは、金銭ではありません」
「珍しい事を言うわね。どこの家と繋がりたいの?」
マークはたまにお金以外の報酬を求めてくる。けど、わたくしが払えないものを請求してくる事はない。
「獅子の至宝を口説く許可を頂きたい」
「……え」
獅子とは、お父様のあだ名。お父様の娘は、わたくしだけ。お母様は他界して、もういない。お兄様は獅子の懐刀。わたくしは、獅子の至宝と呼ばれている。
つまり、マークが口説きたいのは……。
自分の事だ。そう理解した瞬間、脳内が茹で上がる。八歳からフィリップの婚約者だったから、男性との接触はほとんどなかった。
マークとダニエルは身内だと思っていた。だから、急にマークに口説かれてどうして良いか分からない。
マークは膝をついて、頭を垂れる。まるで騎士のような仕草に鼓動がどんどん早くなっていく。
「貴女が好きです。貴女を口説く許可を下さい。私は、あの男とは違う。生涯貴女様だけを愛すると誓います。どうか、俺の愛を受け取って頂けませんか?」
いつも飄々としているマークの洗練された仕草は、新鮮で……とても綺麗。一人称も、私から俺になっている。マークは商人で、いつも丁寧な態度で……一人称は私だった。
変わった一人称と、情熱的な愛の言葉。
こんなの……狡いわ。ときめかずにはいられないじゃないの。
「今すぐにとは、言いません。俺との未来を考えて頂けるのなら、これを指に付けて下さい。いつまででもお待ちしておりますから」
マークが取り出した指輪は、美しく輝いていた。ネックレスに出来るようにチェーンもついている。
わたくしは指輪が苦手。それを知ってるマークの気遣いに、嬉しくなったけど……わたくしは貴族で、自由に結婚できる身分ではない。
だけど……嬉しい。どうしよう、どう答えたら良いの?!
「……待って……急に言われても……」
小声で返事をすると、マークは満面の笑みで微笑んだ。
「良かった。速攻で断られないなら脈がありますね。貴女と結婚する為に爵位が必要なら今すぐ用意します。他にも、マーガレットお嬢様の望みを叶える為、我が社が全力でサポート致します。だから是非、俺との未来を考えてみて下さい。まずは一回、俺とデートしてみませんか?」
「……で、デートなんて……!」
「憧れていたんでしょう? 観劇をして、レストランで食事をして、夜景を眺める。そんな素敵なデートプランをご用意致しますよ」
「……なんで……知って……」
わたくしは、実は恋愛小説が好きだ。フィリップとは一度もデートした事はない。これからも経験出来ないと思ってたから、本を読んで満足していたのに。
なんで……知ってるのよ……!
「俺は、お嬢様のお抱え商人ですから。恋愛小説を購入する時だけは言い訳をしておられたでしょう? 本当はお好きなのだろうなと思っておりました」
「だから令嬢と仲良くなるには便利だからとか言って恋愛小説を持って来ていたのね!」
「ええ。そう言えばお嬢様はすんなり購入なさるでしょう? ……ま、最近は読書の時間すら取れてないご様子でしたけど」
「早く自由に身になって、ゆっくり本を読みたいわ」
「もうすぐですよ。我々も全力でサポートします。ですから自由になった後、婚約者候補の末席で構いませんので俺を入れて下さい」
「マークなら、よりどりみどりでしょう!」
マークは爵位がない。だけど、国の力が弱まってる今は爵位よりお金だ。マークは国で一番のお金持ち。先祖代々の資産を活用出来ない貴族達を尻目に、どんどんお金を稼いでいる。
マークが賢いのは、さまざまな国で商売をしているところだ。ひとつの国で商売をしていれば、上に目をつけられて潰される可能性もある。けど、マークはあちこちの国のトップと繋がりを持っている。
マークを敵に回すと他国を敵に回す事になってしまう。だから、誰も彼を潰せない。
身分なんて関係ない。そう言い切れる力を持っている。わたくしのような公爵令嬢ですら、マークに求婚されたら喜んで頷くだろう。
マークのおかげで、色んな事を学べた。優しくて、強い素敵な人。だけど……今までは……単なる商人と顧客だと思ってたのに……!
マークが美しいお辞儀をする。貴族と変わらない、いや、貴族より美しい所作。誰もがマークに見惚れてしまうだろう。そんな人が、わたくしに愛を乞う。
「俺は、貴女が良いんです。マーガレット様以外の女性に興味はありません。ずっと貴女を愛していました。もちろん今も、これからも」
「……情熱的ね」
「こういうの、お好きでしょう?」
「好きよ。自由になれたら考えてあげるわっ!」
今はこう言うのが精一杯。ドキドキし過ぎて、頭が沸騰しそうよ。
「光栄です。さ、今日はドレスをお持ちしました。どれになさいますか?」
すっかり商人の顔に戻ったマークは、わたくしに商品を勧め続けた。
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